So-net無料ブログ作成

アメリカの格差社会を痛烈に描く~映画「エリジウム」 [映画時評]

アメリカの格差社会を痛烈に描く~映画「エリジウム」


 監督・脚本はニール・ブロムカンプ。あの「第9地区」の監督である。前作は何が衝撃だったかというと、宇宙人を難民もしくは被差別民衆ととらえた、斬新な視点であった。人類の下に宇宙人を置いた発想はユニークだった。もちろん、ここには監督の出身地である南アフリカのアパルトヘイトへの告発がある。

 前作の成功を受けて「エリジウム」は製作費1億㌦余。前作の安上がり感はなく、しかも主演マット・デイモン、脇役ジョディ・フォスターというバリバリのハリウッド版である。「第9地区」は地球人と宇宙人という設定を借りて「格差」「差別」を取り上げたが、「エリジウム」はずばり、地球の人類の中での「格差」を描く。

 21世紀末。地球環境は荒れ果ててしまっている。一部の裕福な人間は、宇宙コロニー「エリジウム」に移住。そこでは完全な自然環境と完全な医療体制によって老いや病からも解放された生活を送ることができる。

 ロスのアーマダイン社工場で働くマックス(マット・デイモン)はある日、放射線被曝の事故に遭い、余命5日と診断される。生き延びるには、エリジウムで治療を受けるしかない。しかし、エリジウムには押し寄せる難民を阻むための「バリア」が、デラコート防衛長官(ジョディ・フォスター)のもとで形成されている。マックスはエリジウム侵入のため闇組織スパイダーの手を借りる。条件はエリジウム市民の資産を奪うためのパスワード入手である。

 マックスは標的としてアーマダイン社CEOカーライル(ウィリアム・フォクトナー)を選び、脳内プログラムを入手、自らの脳に埋め込む。しかしそのプログラムはデラコートの陰謀が秘められたとんでもないもの=エリジウムの再ブートプログラム=だった―。

 宇宙と地球の設定には、まぎれもなく1%の富裕層と99%の貧困層というアメリカ社会のアナロジーがある。それは、病院に入院するのもカネ次第、貧しい民は医療さえ受けられないという現実の告発でもある。しかし、その越えられないかと思えた高い塀は、マックスの命をかけた行為によって打ち破られる。

 「ネタバレ」に引っかかるかもしれないが、マット・デイモンが死んでいくラストシーン、私の目にはノルマンディー上陸作戦を描いた「プライベート・ライアン」のミラー大尉(トム・ハンクス)がオーバーラップした。ミラー大尉はライアン2等兵(マット・デイモン)を戦場から救出するが、自らは命を落とす。ミラー大尉とマックスの最期は、ほぼ同じに見えたのである。ミラー大尉は戦後世代の礎になったわけだが、かつて救出される側を演じたマット・デイモンのマックスは、ここで99%の「地球貧困層」の礎になるのである。

 「第9地区」に比べて「エリジウム」は全ての面で洗練されている。しかし、その分「第9地区」のインパクトは薄れた。といっても映画として水準以上の出来であることは間違いない。

 エリジウム1.jpg

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(1) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 1