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あまりにも日本的な~新国立のデザイン騒動 [社会時評]

あまりにも日本的な~新国立のデザイン騒動

 新国立の新デザイン2案が公開された。工期と工費が決まっていて、ザハ案の白紙撤回からわずか5カ月足らずだから、事実上、前回のコンペに取り組んできたゼネコングループしか入り込めないだろうことは容易に想像がつく。実際、そのとおりになり、公表されてはいないが、主導したのは大成建設と竹中工務店だといわれている。

 さて、素人目に二つの案はどう映るか。結論を言ってしまえば、どちらも極めておとなしい。言い換えれば事なかれ主義の産物。でも、それを責めるわけにもいかないだろう。厳しい条件をクリアするには仕方なかった、といわれれば返す言葉もない。

 ザハ案でもめた時も、建設業界のある実力者(だと思う)が、白紙撤回してやり直すならこのやり方しかない、とあげたデザインも、今回出てきた案とほぼ同じものだった。要するに、だれが考えてもこうなるでしょ、というのが今回の案である。ということはつまらない案だなあ、ともいえる。こんなことならザハ案で行けるところまで行ってもよかった。

 五輪騒動では、新国立のほか「エンブレム」騒動もあった。これも極めてあほらしい騒動であった。問われたのは何かといえば、コピー疑惑である。しかし、デザインに作家性や「署名」が必要だとだれが決めたのか。日本古来のデザイン(意匠)は私たちの身近にいくらでもあり、私たちはいちいちそれらを「だれだれの作」と意識して使っているわけではない。要はコンセプトと使いやすさがあればだれがつくろうとかまわないわけで、デザインの研究者の中には、最近とみに顕著になってきたこの傾向(作家主義と署名性)を「近代の病」と呼ぶ人もいる。デザインは芸術ではないのだ。そうした観点から見れば、あのエンブレム騒動は何だったのか。

 その視点で、もう一度新国立のデザイン騒動を見てみよう。先ほど、ザハ案でもよかった、と書いたが、逆説的にいえば、結局は現実化がむつかしかったザハ案が選ばれた背景にも、やっぱり「近代の病」が潜んでいる。つまり、それ(現実化の困難さ)を承知で「ザハ」という名に目がくらんで選んだんじゃないの?ということになる。しかし、騒動が広がるにつれ、そこまで関係者の考えが及んでいなかったことが暴露され、それが混乱の源であったともいえる。

 そうした問題の原点、近代におけるデザインとは何か、といったテーマは掘り下げることなく、選考メンバーにスポーツ選手を入れてみたり、選考経過の透明性を力説してみたり、という問題の本質とは無関係の事柄ばかりに力を入れているあたりが、いかにもニッポン・イデオロギーらしいが(念のためいえば、デザインを選ぶ過程で「透明性」など何の意味もないし、そんなものが数値化できるわけもない。選考メンバーにスポーツ選手を加えるなど百害あって一利なし)。

 森喜朗・五輪組織委員会会長(なんで委員長でなくて会長なのか)はB案がいい、などと子供のようなことを言って物議をかもしている。これでもしB案が選ばれたら、「森さんがああいったから」となってしまい、B案には不幸なことになる。そんなことを考える頭も、森氏にはないらしい。

 最後に、この二つの案は、ベルリンにあるオリンピックスタジアム、つまりナチスドイツが1936年に行ったオリンピック(今でもオリンピックとしては最高の出来だったという人もいる)の会場と、とても似ている。もっとも、あちらはギリシャ遺跡を意識し、石材が豊富に使われている点が、木材を多用する予定の日本案と違うが。そして、ベルリンのスタジアムがある場所は今も「オリンピアの杜」と呼ばれている。ベルリンオリンピックを国威発揚の場と位置付けたナチスドイツは、その成功から3年後にポーランドへ電撃侵攻した。今回のスタジアムのデザインの酷似が、単なる偶然であることを願う。

IMG_7242のコピー.jpg
ベルリンのオリンピックスタジアム

IMG_7254のコピー.jpg 
スタジアムの外観



スタジアム替え1.JPG
東京新国立競技場のA案


スタジアム替え2.JPG
B案


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