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薫り高く精緻な世界~濫読日記 [濫読日記]

薫り高く精緻な世界~濫読日記

 

「地下道の鳩 ジョン・ル・カレ回想録」(ジョン・ル・カレ著)

 

 出世作「寒い国から帰ってきたスパイ」以来、「スマイリー」三部作や「リトル・ドラマー・ガール」、最近では「誰よりも狙われた男」で注目されるジョン・ル・カレ。1931年生まれだから、既に80代の後半である。老境のカレが過去を振り返り、いくつかのエピソードをまとめた。

 タイトルからしてミステリアスである。自身のスパイミステリー並みにさぞやなぞ解きの仕掛けが凝らされているかと思えば、意外にも「序」の部分で解題がなされていた。ショットガンを楽しむ人たちのための仕掛けに由来するという。しかし、末尾には謎が込められた1行。「一筋縄ではいかない」という思いが立ち上る。

 作品にまつわる裏話、人生の一コマの回想、MI5、MI6とのかかわり、詐欺師だった父親のこと…。そして、作品の映画化の中で見たリチャード・バートンやアレック・ギネスの横顔。すべてが具体的なシーンのつながりの中で語られている。それらをレビューすることは、意味のないことだろう。なぜなら、ここに収められた数々のエピソードこそ、自身による人生のレビューだからだ。それを、拙い我が筆で繰り返すことにどんな意味があるだろう。

 ただ、ここでは、次の一文を紹介しておこう。

 ――本書に記すのは記憶に基づく真実だ。(略)作家にとって事実とは原材料であり、親方ではなく、彼の使う道具を指す。(略)もし本物の真実というものがあるとすれば、それは事実の中にではなく、物事の機微の中にある。かつて純粋な記憶などというものが存在しただろうか。(略)純粋な記憶というのは濡れた石鹸のようにつかみどころがない。少なくとも、生涯を通じて経験と想像を混ぜ合わせてきた私にとっては、そうだ。

 詐欺師の父親のことを回想した章では、こう書く。

 ――(自叙伝を書くために雇った探偵に)私は嘘つきだとも説明した。生来嘘つきで、嘘をつくようにしつけられ、嘘で生計を立てる業界で訓練され、小説家として嘘の中で生きている。フィクション作家になって何種類もの自己を作り出した。それらは実在するとしても、決して本物ではない。

 カレによるカレの世界がここにある。

 上質のスコッチのように薫り高く精緻な世界がここにある。

 早川書房、2500円=税別。

地下道の鳩: ジョン・ル・カレ回想録

地下道の鳩: ジョン・ル・カレ回想録

  • 作者: ジョン・ル・カレ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/03/09
  • メディア: 単行本

 


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