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浅はかで軽薄な駄作~映画「たたら侍」 [映画時評]

浅はかで軽薄な駄作~映画「たたら侍」

 

 「たたら(鑪)」とは古代から続いた日本独自の製鉄法で、中国山地にも炉跡が残る。映画は戦国期から江戸期にかけての出雲の山村を舞台にした。期待はしなかったが、素材の魅力にひかれて観てしまった。感想は…。いやはや、である。入場料を返して、と本気で思った。

 たたら製鉄を生業とする村の若者、伍介(青柳翔)。かつて野武士に襲われた経験から、村を守る手段を持ちたいと思う。偶然村を訪れた商人に頼み、織田信長の家臣になろうとする…。

 ここまで筋書きを書くだけで気恥ずかしくなるほど軽薄な展開だ。しかし、我慢して先に行こう。伍介は戦場に赴くが、殺し合いの現場を見て耐えられず村に逃げ帰る。先の商人と織田軍の仲介をした男・与平(津川雅彦)が現れ、織田軍のように火筒(火縄銃)を持つことを勧める。伍介は「これさえあれば村を守れる」と、物見やぐらを築き、戦闘態勢を整える。

 たかだか数人の殺し合いを見ただけで腰を抜かした純朴な男が、どうして数丁の銃を持つだけで戦国時代に村を守れると思うのだろうか。かつて福井の一乗谷朝倉氏遺跡を訪れたことがあるが、戦国武将、特に織田の敵を滅ぼす際の徹底ぶりはすさまじい。一乗谷でも、前後から挟み撃ちにし、火を放って城下町ごと葬り去って、その後「日本のポンペイ」と呼ばれるに至った。400年を経て発掘が行われ、かつての城下町の全貌が明らかになったのである。こうした残忍さの背景には、戦国期、敵を根絶やしにしなければいつ復讐に遭うか分からなかったという事情がある。

 そういう時代背景を考えれば、伍介が簡単に村の自力防衛に走るという展開はいかにものどかで浅はかである。そのうち、与平は野武士風の屈強な男たちを村に連れてくる。ためらう伍介に、与平は「あなたが望んだこと」と言い放つ。

 伍介を慕うお國(石井杏奈)は村の舞台で舞い、村を出た伍介の安全を祈るが、こんなシーンいるのだろうか。織田勢がいつ攻めてくるか、という時に村人は出雲神楽に興じる。そんな余裕はあるのだろうか。伍介が勾玉のネックレスをしているのもひっかかる。

 与平は豊臣の手のものと見抜いた尼子(後に毛利に併合される)の新之助(AKIRA)が野武士たちを討つが、与平の銃によって倒れ、怒りに燃えた伍介が立ち上がる…。

 野武士が村を襲う冒頭シーン、自衛に走る村人、織田から豊臣、徳川へと天下人が代わる中、時の権力者に取り入ろうとする商人のしたたかさを描いたラストシーン。まるで黒澤明の「七人の侍」を裏返したような展開が続く。しかし、いうまでもなく「たたら侍」は、「七人の侍」の足元にも及ばない。それは何よりラストシーンで分かる。「七人の侍」では、田植えに励む農民のしたたかさを見て勘兵衛(志村喬)が「勝ったのは、あの百姓たちだ、おれたちではない」とつぶやくが、このセリフの重さは、占領期から独立期へと日本が移行した19531954年に作品が作られたことと重ね合わせて、初めて分かる。

 「たたら侍」は時代とどのように絡み合い、どんなメッセージを発しているのか。問いかけるのもせんない気がする。

たたら侍.jpg


タグ:たたら侍
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