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「国会」が死んだ日~社会時評 [社会時評]

「国会」が死んだ日~社会時評

 

◆中間報告―本会議採決という愚行

A)いわゆる共謀罪法(改正組織的犯罪処罰法)が6月15日、参院本会議で採決、成立した。委員会審議を中間報告という形ですっとばした異例の強硬策だった。

B)日本の国会は委員会制度をとっている。選挙の結果得た議員の数だけが意味があるのであれば委員会審議は必要ない。しかし、少数政党の意見も聞き、できる限り政策に反映させるため委員会審議も行われなければならない、それでこそ民主主義だという考え方があり、日本の国会もその立場に立つ。

C)とにかく数で押し切ればいい、というのでは「民主主義」そのものの意味を疑わざるを得ない。

B)佐伯啓思さんが最近「さらば、民主主義」という本を出し、民主主義、この言葉自体、「主義」なのかという疑問を呈したうえで、民主主義は必ずしも正しい結果を生むとは限らない、といっている。米国のトランプ大統領の動向を見れば、ますますその感がする。

A)佐伯さんは、民主主義は本来、民主体制と呼ぶべきだという。そのうえで「政治」の原型を生み出した古代ギリシャでは大衆を説得するための「弁論」とともにアリストテレス、プラトンといった哲学者が生まれた。民主政治はポピュリズムを不可避的に抱えるから、本当に正しいことは何かを探るには哲学者が必要だったということだろう。

C)リアルな政治の話に戻れば、与党が委員会採決を避けたかった理由は二つある。一つは、採決の際の混乱ぶりをメディアに繰り返し流されることの世論への影響を懸念した。中でも都議選への影響を憂慮した。もう一つは参院法務委の委員長が公明党であるため、強引な採決を公明が嫌がったことだ。近くある都議選では小池新党と公明が連携していることも事情を複雑にした。そのうえで、もちろん加計学園問題で国会を早く閉じたいという政権の思惑もあった。

 

◆与党議員は何を恐れているのか

A)それにしても、最近の政治は異常だ。霞が関の官僚だけでなく、国会までもが安倍晋三政権に忖度している。なぜ安倍首相がこれほど権力を持つに至ったか。

B)いわゆる三つの支配がある。一つは小選挙区制によって自民党中央が議員の生殺与奪権を握ったこと。一つは内閣人事局の設置によって官僚の人事権を握ったこと。もう一つは読売など一部マスコミをコントロールできるようにしたこと。

C)しかし、これほど異常な政権になれば、自民党内からも批判の声が上がって不思議はないと思う。なぜ静まり返っているのか。

B)石破茂・前地方創生担当相が政権に批判的な発言をしているが、支持が広がらない。それどころか政権による締め付けが強まっていると聞く。

A)民進党を中心にした野党勢力が政権を取るというシナリオは当面、現実性がない。だとしたら自民の良識派が声を上げるべきだ。安倍政権は株式操作による見せかけの経済政策以外に何もしていない。数の力でやっているのは集団的自衛権を盛り込んだ新安保法制、特定機密保護法、そして今回の共謀罪と、国民が望んでいないものばかりだ。

C)いま、加計学園をめぐる安倍政権の対応はおかしい、問題の隠ぺいだと与党内から声を上げれば確実に世論を味方につけ政権を退陣に追い込める。与党にも良識派はいるはずで、彼らはいったい何を恐れているのか。

 

◆メディアは…

B)加計問題をめぐる政権の対応については、さすがにメディアも批判を強めている。6月8日には、複数の文科省職員が「総理のご意向」文書の存在を認めているのに「調査の必要なし」とする菅義偉官房長官に対して記者が食い下がった。

A)日本のメディアも捨てたものではない、と思った。あの会見をきっかけに再調査に応じることになった。

C)あまり報じられていないが、6日にも官房長官と記者の論争があった。そのときの中心は前川前次官の辞任の経緯に関してだった。

A)前川前次官はポストに恋々とした、と官房長官が述べたことに前川氏は真っ向から反論している。会見では出会い系バーに通っていたという報道についても追及があった。

C)前川氏は次官から身を引くことを天下り問題の発覚前から決めていたとさまざまなメディアを通じて発言している。ただ、部下の官僚が内閣人事局に、天下り問題の発覚後も次官はとどまれるか、と技術的な側面から聞いたことはあったかと思う。官房長官はそういうところを取り上げて言っているのでは。出会い系バーについては、官房長官もさすがに文科省のメール問題とは別の問題といわざるを得なかった。

A)山口敬之・元TBS記者の準強姦容疑で逮捕状がもみ消された件。ジャーナリストの上杉隆氏が注目の発言をしている。逮捕状が出た後、官邸がアンカーマン岸井成格氏らの降板をTBSに求め取引したという。少なくとも事件の経過と降板前後の事実を突き合わせると矛盾はない。事実ならメディアに対する卑劣な弾圧といわざるを得ない。

 

◆「法の枠内」ならいいのか

A)義家弘介・文科副大臣が6月13日、参院農水委で、「総理のご意向」内部文書の存在を認めた文科省職員に対して恫喝ともとれる答弁をした。公にされていない行政運営プロセスについて外部に漏らせば、それが違法なものでない限り国家公務員法の守秘義務違反にあたるという。「一般論」と断っているが、明らかな恫喝であり官僚は委縮する。

B)官房長官はよく「我が国は法治国家」とか「法に従って適正に処理」とかいう。集団的自衛権を合憲だといったり、だれも説明できない共謀罪を無理やり成立させたり、歴史上例を見ないほど無法の限りを尽くす安倍政権のスポークスマンがそんなことを言う。

C)丸山真男は「軍国支配者の精神形態」で、日本ファシズムの矮小性について「既成事実への屈服」と「権限への逃避」を挙げた。「既成事実」とはもちろん戦争のことで「起こってしまったものは仕方ない」、つまり「止められない」ということ、「権限への逃避」は、自分は与えられた仕事を手続きに従って処理しているだけ、ということだったと、東京裁判での武藤章陸軍軍務局長尋問調書などを引きながら結論付けた。官房長官や官僚、与党議員らの発言はこれに重なる。安倍政権という既成事実に盲目的に従い、権限への逃避というタコツボ思考に逃げ込む。全体を見て責任を取ろうという人間は現れない。辛うじて前川さんが例外だったのかもしれない。

B)ユダヤ人として強制連行された経験を持つハンナ・アーレントはイエルサレムでのアイヒマン裁判の傍聴記を「ザ・ニューヨーカー」誌に寄せ、アイヒマンを痩せた近視の、自制心を保つことにきゅうきゅうとした小心な男と描写し、彼はただ法に忠実に従っただけとして収容所体験を持つユダヤ人らのセンセーショナルな反感を呼んだ。アーレントが言いたかったのは、戦争やファシズムは悪魔のような心を持つ人間によってではなく、法を守る小心な人間によって遂行されるということだった。

A)ファシズムとは秩序だったまとまりのなさであり、特定の哲学を持たないといったのはウンベルト・エーコだが、今の政権や霞が関の動きを見るとそういったことを連想させる。

B)日本には、天皇をブラックホール装置にして巨大な忖度が権力中枢で渦巻き、だれも理解できない戦争に突入した歴史がある。そうしたことがまるで反省も理解もされないまま今日の状況が突き進むのはとても危険だ。おそらく、戦争はこんな風にしてまた始まるんだろうな、と実感させられる。

A)最初のテーマに戻るが、官邸の「ご意向」に沿って国会の機能が停止するという状況は、全権委任法下のナチスを思わせる。安倍首相個人のスキャンダルともいえる加計学園問題の火消しのために、共謀罪という全国民の災厄ともいえる法律が強行突破的に成立させられている。

B)日本版全権委任法である緊急事態法は日本ではまだないが、既に実態としては同じ状況が生まれているということではないか。

 


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