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戦後思想のかたちを変える作品~濫読日記 [濫読日記]

戦後思想のかたちを変える作品~濫読日記

 

「東京プリズン」(赤坂真理著)

 

 15歳の時、母のある考えで米国の高校に通うことになったマリ。米国メイン州の片田舎で1級遅れの9年生として通う中で言語や文化の壁と格闘する。16歳になったある日、1級遅れを解消するための課題が学校側から提示される。「天皇の戦争責任」について、ディベートの口火を切るスピーチをせよというものだった。「天皇の戦争責任」どころか「戦争」のことなど考えたこともなかったマリは、学習を進めるうち、何も知らなかった、あるいは知らされてこなかったことに愕然とする。

 ディベート本番では、天皇の戦争責任を認める側の立論を担当させられる。天皇は、日本人にとって「神」の存在であったということがきちんと説明できない。日本人は、天皇は神ではないと分かっていたのに神だと信じているふりをしていただけだと相手に突っ込まれ、うなずいてしまう。キリスト教的神との違いも明らかにはできず、聞き手の反感を買う。戦犯に付けられたA級、B級、C級は種別であってランクではないということも逆に教えられたりする。

 真珠湾攻撃はだまし討ちか、南京大虐殺の責任は誰にあるのか、七三一部隊をどう見るのか、「皇軍」がアジアで行った残虐行為の責任は、そもそも、「降伏」したのは天皇なのか…。こうした応酬ののち、ディベートは最終弁論に向かう。マリが唱えたのはTENNOU論である。コンパスで円を描く。しかし、コンパスの針の先が円の中心ではない。円の中心には何もない。そこは虚無なのです。そこは何でもどこでもない。しかし「中心の虚無」がなければ円は生まれない…。

 担当の教師は「理解できない」という。会場は静まり返る。沈黙を破って拍手が巻き起こる。極めて日本的なTENNOU論の展開と、極めてアメリカ的な反応。

 おそらく、テーマとしては小説から最も遠くにあるものを引き寄せ、国境、世代、登場人物の視線を自由に行きかうという最も小説的手法でテーマに具体性を与えた。それは「戦後」のトレースにとどまらず、戦後思想を見直すことでそのかたちを変えるほどのインパクトを持つ。

 池澤夏樹が解説で書いている。「読み終わった時、戦後史について、日本という国の精神誌について、自分の中に新しい像が生まれていることに気づく。そして感心するのだ、小説にはこんなこともできるのかと」

 

東京プリズン (河出文庫)

東京プリズン (河出文庫)

  • 作者: 赤坂 真理
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2014/07/08
  • メディア: 文庫

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