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描いたのはワイダ自身~映画「残像」 [映画時評]

描いたのはワイダ自身~映画「残像」

 

 201610月、アンジェイ・ワイダ監督が亡くなった。1950年代から約60年、映画を作り続けた。その大きな柱は「灰とダイヤモンド」に代表されるソ連型社会主義=スターリニズムへの抵抗であった。遺作となった「残像」もまた、ソ連型社会主義への嫌悪と批判にあふれていた。

 ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(18931952)は、近代絵画の神髄を知る画家だった。ベラルーシに生まれ、第一次大戦にロシア兵として戦場に赴き片手片足を失う重傷を負った。シャガールやカンディンスキーを知己とし、1931年ポーランドのウッチに移り住んだ。ウッチでは近代美術館の建設に尽力、当地の造形大学で教鞭をとった。映画では、彼の晩年の4年間を描く。

 第二次大戦後、「灰とダイヤモンド」でもあったように、ポーランドはソ連の傘下に入る。戦禍からの解放感はなく、ポーランド統一労働者党による社会主義政策が推し進められた。社会主義リアリズムが唯一の芸術とされ、人間の視覚(主観)を通して得られた「残像」こそが芸術を構成するというストゥシェミンスキの理論は反革命的と断ぜられる。それでも抵抗を貫くストゥシェミンスキの絵画は当局の手によって破棄され、彼自身も大学を追われ芸術家としての資格(そんなものを国家=党が認定するというのがそもそもおかしいが)さえもはく奪される。「働かざる者食うべからず」ということで、食料の配給切符さえも入手できなくなる。

 ストゥシェミンスキの才能を知る知人や大学の教え子たちは彼を支えようとするが、全体主義体制のもと、どうにもならない。貧困と飢餓の中でストゥシェミンスキは進行性結核になり、路頭に迷い死んでいく…。

 重要なことは次の二つである。芸術はいかなる権力、権威によっても支配されない。仮に「革命」がいかに正しかろうと、革命的勢力が芸術の価値を決めることはできない。芸術はあくまで「革命」の同伴者であるにすぎないのだ。この点で20世紀のソ連型社会主義は決定的な過ちをおかした。

 もう一つは、いかなる形でも全体が個を支配してはならない、ということだ。「灰とダイヤモンド」はこのことを見事に映像化したが、この「残像」もまた、この点で太く大きな流れを形成している。ストゥシェミンスキが当局から「どちらの側に立つんだ」と問われ「自分の側だ」と答えるシーンがあるが、ワイダ自身、この問いに対する答えは生涯みじんも揺らいでいないように思う。

 ワイダが遺作としてこのテーマ(政治と芸術)を取り上げたのは興味深い。そして「残像」(原題:Powidoki /英題:Afterimage)と名付けたことも。描かれたのはかつての社会主義の「残像」そのものである。もちろんワイダが込めたのは、こうした時代が二度と来ないように、という思いであろう。そして、不屈の画家ストゥシェミンスキは、ワイダ自身であることもスクリーンから十分に伝わる。


残像.jpg



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