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無残だった兵士の「死」~濫読日記 [濫読日記]

無残だった兵士の「死」~濫読日記

 

「日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実」(吉田裕著)

 

 大岡昇平の「野火」はフィリピンで敗走する日本軍兵士の凄惨な実態を、実体験に基づいて描いた。戦場小説としては、世界有数のレベルの作品といえるだろう。フィリピンでは、投入された日本軍60万人のうち50万人近くが命を落とした。戦場別で見ればアジア・太平洋戦争で最多だ。大半は戦闘による名誉の戦死ではなく、病死や餓死だったという。敗戦直後、参謀本部のある司令官は米軍の調査に対して、その割合は「7、8割」と答えたという=この項のデータは「餓死した英霊たち」(藤原彰著)による。

 近年、メディアなどで「日本ボメ」が盛んだ。日本の技術水準の高さや日本人の優秀性(?)が取り上げられる。根底にはかつて戦艦大和やゼロ戦を生んだ「大日本帝国」への郷愁がにじむ。さらには、アジア・太平洋戦争を振り返って都合のいい「イフ」が設定され、「あの戦争は、ひょっとすると勝てたかもしれない」などという論が横行する。根拠のない日本帝国再興論まで持ち上がる。

 そんな風潮に危惧を抱く著者が、戦争の実態をまとめて世に問うたのが「日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実」である。通読すれば、日本がいかに愚かで無謀な戦争に突き進んだかが分かる。そして、暗澹たる思いにさせられるのは、日本人犠牲者310万人(政府発表)のうち1944年以降のそれが9割を占めるという事実である。絶望的な戦局の中、なぜ戦争は止められなかったか。もう一つのやりきれない事実は、推計ではあるが中国をはじめアジア各国の人的被害が2000万人に上るということだ。

 アジア・太平洋戦争を振り返り、欧州の植民地下にあるアジアの民衆を解放する戦いだった、とする主張があるが、この膨大な犠牲者数を前に、そんなことが言えるだろうか。

 書は、参戦した各国の戦力費の比較などのほか、戦場に赴いた兵士の体験談を掘り起こし、極めて具体的なエピソードを盛り込んでいる。例えば、絶望的抗戦期といえる44年以降の中国戦線では、戦病死者が7割を超えたという記録を紹介しているが、実際はもっと高率ではなかったかと指摘する。戦場で病死、餓死した兵士を名誉ある「戦死」扱いにしたという風潮があったためだ。冒頭、取り上げた藤原彰の著書では、兵士310万人のうち6割が病死もしくは餓死だったとするが、こうした数字は統計的に確定しにくい。事実、秦郁彦は推定餓死率を37%としている。それにしても、戦場の兵士の死因の3分の1以上が戦闘によるものではなかったとは、異様なことである。

 戦場での自殺も多かったようだ。戦闘中だけでなく、内務班による私的制裁に耐えかねて、というのもあった。ただ、実態はよく分かっていない。自殺後の事情を考えて戦死とする、場合によっては書類も改ざんするという措置が多くとられたためだ。そんな中、硫黄島防衛戦での日本軍兵士の証言を載せている。敵弾での戦死は3割程度で、6割は自殺、1割は他殺だったという。ガダルカナル島では、7割が死亡(多くは餓死)した後、撤退に同行できない傷病兵は薬を与えて自殺させたという。動けない兵士は残置し敵軍の捕虜とさせるという赤十字条約など、眼中になかったのだ。

 このほかにも、劣悪化した装備や被服、兵器や機械力の圧倒的な格差などの実態が明らかにされる。

  著者は1954年生まれ。米軍と空自が共同利用する入間基地のある町で育ったという。まったく戦争を知らない世代がこのような書を著したことの意味は大きい。戦争を少しでも知っていたら、戦死者への慮りによって多少の筆の鈍りがあったかもしれない。戦争を知らないからこそ書ける「戦争」もあるはずである。アジア・太平洋戦争という無謀な戦争によって、日本軍兵士の多くは無残な死を遂げた。2000万人ともいわれるアジアの民衆も、理由もなく殺されていった。そのことを胸に刻みたい。

 中公新書、820円(税別)。

 

日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 (中公新書)

日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 (中公新書)

  • 作者: 吉田 裕
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/12/20
  • メディア: 新書

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