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超監視社会への流れを告発~映画「スノーデン」 [映画時評]

超監視社会への流れを告発~映画「スノーデン」

 

 「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が711日付で施行された。多くの市民が懸念するように、複数の人間で特定の意思表示を企てただけで処罰の対象になりかねない。その前段として「企て」を立証するために、権力を行使する側の膨大な監視行為が行われる。

 国会での議論で、政府は「一般人が対象になることはない」といいながらも「目的が一変して犯罪集団とみなされた場合には、もはや一般人ではない」と答弁、抜け道を作った。「目的が一変した」ことを見定めるには一般市民への常時監視が必要であり、そのうえで犯罪集団とみなすのはあくまでも捜査機関である。「一般人が対象とはならない」というのは、論理矛盾というほかない。

 森達也著「すべての戦争は自衛から始まる」で、90年余り前の新聞記事が紹介された。ある学生から見せられたという。1925年、治安維持法が国会で成立したときのものだ。森はこれを見て「呆然とした」という。そしてこう続けた。「ここ数日の見出しと変わらないじゃないか」。その見出しとは、例えばこうである。

 「赤」の定義で押し問答/定義はハッキリせぬが/この法律だけは必要だという

 治安維持法は/傳家の寶刀に過ぎぬ/社會運動が同法案の為抑壓せられることはない

 ここでの「赤」は、現在では「犯罪集団」と置き換えられるだろう。それを除けば、90年以上もたって、代わり映えのしない議論をしているのである。治安維持法がその後、国家総動員体制に異を唱える人々にどれほどの威力を発揮したかは、いうまでもない。

 こうした動きは、日本に限ったことではない。世界共通、権力の習性というべきものであろう。だからこそ「監視への欲望」をむき出しにする権力への「監視」が必要になる。

 映画「スノーデン」は、オバマ大統領のもとで進められた米国の国民総監視体制を白日にさらした人物にスポットをあてた。エドワード・スノーデンが軍役で訓練中に重傷を負い除隊、その後、情報工作の才能を買われてNSA(国家安全保障局)やCIA(中央情報局)と接触を持ち、膨大なインターネット、電話の傍聴の事実を知る。それを、英ガーディアン紙などを通じて暴露、香港からロシアまでの亡命行までを描いた。

 監督のオリバー・ストーンは「7月4日に生まれて」や「プラトーン」で米国の裏面を描き、ピーター・カズニックとの共著「もう一つのアメリカ史」で米国の戦後史を塗り替えた。彼の作品に対しては、いつも賛否両論がある。「スノーデン」も、畳みかけるような細かいカットの連続で、分かりやすいとはいいがたい。しかし、傍聴・監視の事実を告発したスノーデンに対して「単なるハッカー」と切り捨てたオバマ大統領への怒りは、スクリーンを通してダイレクトに伝わる。

 ジャック・アタリは「21世紀の歴史」で近未来の世界を描き、民主主義の原理を凌駕する市場原理の社会が出現し、超監視社会が生まれると予言する。スノーデンは、NSAの情報監視システムが、既に日本に提供されていると明らかにしている。そうだとすれば、映画「スノーデン」で描かれたことは、日本と無縁の出来事ではない。だからこそ「超監視社会」の入り口に立とうとしている日本の現状に、多くの市民が懸念を抱き「ノー」を発信している。

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