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緻密な心理描写~映画「セールスマン」 [映画時評]

緻密な心理描写~映画「セールスマン」

 

 監督は「別離」のアスガー・ファルハディ(イラン)。なんでもない日常の中に潜む危機を描きだして、見るものに戦慄を覚えさせた。この「セールスマン」もまた緻密に作りこまれた「日常の中の危機」の物語である。

 教師エマッド(シャハブ・ホセイ)は妻ラナ(タラネ・アリドゥステイ)と小さな劇団に所属し、アーサー・ミラーの「セールスマンの死」の上演を控えている。そんなある日、住んでいるアパートが付近の工事の手違いで崩壊の危機にさらされる。やっと見つけた新たな住まいには、以前の住人の荷物が置かれたままだった。

 引っ越しを済ませた二人にある日、思いがけない出来事が起きる。舞台のけいこを済ませて先に帰宅したラナが入浴中、誰かに襲われたのだ。前の住人だった女性と関係のある人物だと推理したエマッドは、ついにある人物にたどり着く。しかし、ラナは心の傷を抱えながらも、そうした夫の姿に同意できないものを感じている。そして、憎悪でも復讐の念でもなく、二人がとった行動は―。

 ファルハディ監督の緻密な心理描写は、相変わらず見事である。日常の薄皮一枚下に潜む感情のもつれ、価値観の違い、それらがもたらす人間関係の亀裂を鮮やかに浮き彫りにする。このあたりのこまやかさは、日本映画に通じる。「セールスマンの死」は第2次大戦後の米国市民の家庭崩壊、親子の断絶、若者の挫折感などを描き出したが、この有名な演劇が作中で演じられる。現代イラン市民にも、こうした精神風景が広がりつつあることを示唆していて興味深い。

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