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スポーツと政治」掘り下げが足りない~映画「栄光のランナー」 [映画時評]

「スポーツと政治」掘り下げが足りない


~映画「栄光のランナー」

 ヒトラーが国の威信をかけた1936年のベルリン五輪は今も史上最高の五輪だったと評価する向きもある。そのベルリン五輪に、米国の陸上選手として出場、四つの金メダルに輝いたジェシー・オーエンスのエピソードをからませたのが、この映画である。貧しい黒人家庭に生まれたオーエンス(ステファン・ジェームス)はオハイオ州立大に進学、陸上コーチのラリー・スナイダー(ジェイソン・サダイキス)に才能を見出される。1930年代の初め、極端な人種政策をとるヒトラーのもとでの五輪に対してボイコットの機運が高まる。米黒人地位向上委員会からも出場ボイコットの要請があり、オーエンスは悩むが、結局は純粋に競技に没頭することを選択する―。

 米国内での貧困と差別、ヒトラー政権下での人種政策への抗議、そうした問題とスポーツとの距離をどうとるかという、本当はシリアスなテーマだが、映画ではほとんど直線的にストーリーが展開する。このへんはアメリカ映画らしく、陰影はほとんどない。だから展開が容易に推測できる。

 当時、隆盛を極めたナチスドイツの国情についても、それほど掘り下げた跡はみられない。そんな中で何人かの人間像が印象に残る。一人はベルリン五輪の記録映画「オリンピア」の監督、レニ・リーフェンシュタール。彼女はヒトラーの命で「民族の祭典」「美の祭典」の2部構成計約100分の作品を完成させ、内外で高く評価されたが、戦後はナチスのプロパガンダに加担したとして映画界から追放された。とはいっても、宣伝相ヨゼフ・ゲッペルスとの確執など、必ずしもナチの路線に同化してはいなかったと見られているが、そうした微妙な位置関係も比較的正確に表現されている。

 もう一人は後にIOC会長になるいうブランデージ。ヒトラーと手を組み、ベルリン五輪開催に向け、大きな力になったといわれている。もともとIOC役員には親ナチ的な思想の持ち主が多く、ブランデージもその一人であった。近年ではスペインのファランフェ党にいたサマランチが知られる。五輪そのものがファシズムに親和性があると見る向きもあるぐらいだ。

 しかし、こうしたエピソードはあくまでも後景にすぎない。スポーツと政治というテーマを深く掘り下げればもっと今日的な共感が得られただろうが、オーエンスの人間性にも迫れず、何分にもストーリーが単調であった。米国の田舎出の黒人青年がヒトラーの鼻を明かした、といった類の浅薄な評が横行するのも残念なことである。独仏カナダ合作。

 リーフェンシュタールの生涯を映画化すれば面白いと思うのだが…。


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絵と道具立てはいいが~映画「君の名は。」 [映画時評]

絵と道具立てはいいが~映画「君の名は。」

 

 国内興行収入で100億円を突破、各界から絶賛されているという「君の名は。」を観た。結論を言えば、精緻で美しい絵に比べて主人公のキャラの底の浅さが目立ち、感情移入できない印象だった。

 ある田舎の少女・宮水三葉と都会の少年・立花瀧の心が、ある日以来たびたび入れ替わる。この仕掛け自体はこれまでにも使われ(大林信彦「転校生」など)、目新しいものではない。しかし、これにある宇宙規模の出来事と過去の組み換えというSF的要素を組み合わせたところに、興業的成功を生んだ要因があると思われる。

 ストーリーの骨格は一応面白く、都会と片田舎という舞台設定とその魅力を十分に引き出した絵のうまさには感心するのだが、三葉と瀧のキャラクターが貧弱で薄っぺらすぎるのだ。したがって二人の出会いと別れ、そしてまた出会いという展開に感情移入できない。この映画を見て涙したという感想を目にするが、その心理が今一つわからない。別の言い方をすれば、もともと恋愛関係にあったわけでない二人が、ある惨劇の現場でどうして「好きだ」と打ち明けてしまうのか理解に苦しむし、よみがえりのための過去の改変になぜそこまでこだわるのかも、今一つ説得力がない。例えば「くちかみ酒」を飲むと過去にさかのぼれるという仕掛けも唐突に出てくるし、そんな怪しい酒をためらいなく飲むという瀧の行為にも納得がいきかねるが、ファンタジーだからよしとするのだろうか。

 絵とストーリーが先行し、人間が貧弱というのが私の偽らざる感想である。

 そのうえでいえば、スマホによる記憶の共有と村の神事、シャープな都会のビルと村の自然という現代日本の新旧の両極ともいえる「風景」はよく描かれ、その背景にある不条理感や逃れがたい宿命との葛藤という得体のしれないものの存在をにおわせているところが、この作品の魅力といえなくもない。

 

 

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荒涼とぬくもりの3部作~映画「オーバー・フェンス」 [映画時評]

荒涼とぬくもりの3部作~映画「オーバー・フェンス」


 逆境の中での生への執着を描いた作家・佐藤泰志の原作を映画化した「函館3部作」が完成した。第1作は熊切和嘉監督の「海炭市叙景」(2010年)、第2作は呉美穂監督の「そこのみにて光輝く」(2014年)、そして第3作が山下淳弘監督の「オーバー・フェンス」(2016年)である。
 佐藤の作品を読んでいつも思い浮かべるのは、打ちっぱなしのコンクリート壁にポツンと灯る裸電球である。冷たくザラリとした荒涼の中に、かすかな希望とぬくもりが危うく佇んでいる。どの作品も、そんな味わいである。佐藤は自らが生まれ育った「函館」という地方都市にこだわりながら、若者たちの閉塞感と捨てきれぬ希望を描いた。
 函館は北海道の南端・渡島半島にある。北海道は日本列島の北の果てにあり、函館は北海道の半島のどん詰まりにある。こうしたどん詰まり感を、紀伊半島の出身者である中上健次は、次のように書く。
 ――海に腹をさらし、山に背を向けているのがその半島の生活の意味である(略)
 ――半島は爆弾でもある。
 ――ものを見る人間に、半島は本質として無政府である。
(「夢の力」講談社文芸文庫、1994年)
 中上は、彼一流の過激な言葉遣いで半島という辺境に閉塞感と解放感が入り混じる不思議な情景をみている。函館に暮らした佐藤にも、このような心象が潜んでいただろうか。
 もう一つ思うのは、地方都市が抱える古さと新しさの混在する中での、不安な心持である。「海炭市叙景」に触れて、川本三郎はこう書いている。
 ――古い町はさびれたが、新しい町はまだ育っていない。完成されていない。そこからくる不安が、人々に何かを待たせるのだろう。「海炭市」では、不安とともにあることが生きる条件になる。
(「言葉の中に風景が立ち上がる」新潮社、2006年)
 「古京はすでに荒(れ)て、新都はいまだ成らず」と、人心の不安を表現した「方丈記」の一節を思わせる。この二つのうち、前者は函館の地理的特性から生まれる思想のかたち、後者は地方都市の置かれた状況から生まれる思想のかたちを表しているように思う。
 映画「海炭市叙景」(いうまでもないが、海炭市とは函館のことである)は連作18編のうち5編を取り上げ、オムニバス風に仕上げた。不況でドックを解雇された男と彼を待つ妹、都市再開発に抗う老女、妻の裏切りに心を乱す市職員…。共通項は「敗者」であるが、みんな何かを待っている。待つことで希望の輪郭を心の中に描こうとする。
 「海炭市叙景」がタイトルそのままに市井の哀歓を描いたのに比べ、「そこのみにて光輝く」は、男女の出会いを描いている。鉱山事故をきっかけに仕事をやめた達夫(綾野剛)と傷害事件で仮出所した拓児(菅田将暉)の出会い。拓児の自宅には、夜の盛り場で売春をし、暮らしを支える姉の千夏(池脇千鶴)がいた…。そこには、絶望感を抱きながらも枯れるには早い男と女が逆光に佇んでいる。
 「オーバー・フェンス」は、作家の道を一度は断念し、函館の職業訓練校に入ったころの佐藤自身の体験がベースにあるという。妻に見限られて故郷に戻り、失業保険で食いつなぎながら職業訓練校に通う白岩義男(オダギリジョー)。生きる目的を失い、惰性で過ごす日々。そんなある日、訓練校の仲間の男に誘われてキャバクラに行き、風変わりな女・田村聡(蒼井優)と出会う。なぜか、危うさを秘めた女の言動に惹かれていく。白岩は聡に、訓練校で開かれる校内対抗ソフトボール大会に来てほしいと頼む…。前2作に比べるとストーリーは重くはなく、比較的さらりとした味わいである。
 実際の佐藤は訓練校を中退したのち再び上京、「オーバー・フェンス」や「そこのみにて光輝く」を書きあげ、長期連作「海炭市叙景」を完成させる前に41歳で自死した。「海炭市叙景」は1年の四季の中で書こうとされていたと聞く。冬から始まり、早春のあたりで終わっている。芥川賞に5回ノミネートされた作家である。

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報道することの明と暗~映画「ニュースの真相」 [映画時評]

報道することの明と暗~映画「ニュースの真相」


 2004年の米大統領選。ジョージ・W・ブッシュは再選を目指していた。そんな折、ベトナム戦争の兵役拒否疑惑が持ち上がる。CBSイブニングニュースのアンカー、ウオルター・クロンカイトの跡を継いだダン・ラザー(ロバートレッドフォード)はすでにテレビジャーナリズムの巨人だった。彼がやはりアンカーを務める「60ミニッツⅡ」のプロデューサー、メアリー・メイプス(ケイト・ブランシェット)は、4年前にもこの疑惑を追ったが、モノにできなかった。今度も取材チームを編成、疑惑解明を急ぐ。関係者が一様に口をつぐむ中、一人の男がメモのコピーを提示する。それこそ、彼女が求めていたものだった―。
 何度もコピーを重ねて不鮮明なメモは、本物なのか。放送時間ぎりぎりまで、真偽をめぐる議論が続く。そして時間切れ。ベトナム戦争の兵役を逃れ、テキサス州空軍の訓練をもサボタージュしていたというブッシュの行状が、ダン・ラザーによって語られた。「これで大統領を追いつめることができる」。スタッフはだれもがそう思った。
 しかし、放送翌日、思いもしなかったことが保守系のブロガーによって指摘された。兵役逃れの根拠としたメモは偽物だったというのだ。根拠として、1968年から1973年までのものとされたメモが、当時なかったはずの「ワード」によって打たれたものであることを挙げていた。一転、CBSは守勢に立たされ、メモが本物であることを証明しなくてはならなくなった。しかし、何度もコピーされ不鮮明なメモを本物と証明するのは極めて困難だった。
 やがてCBSは独立委員会によって結論を得ようとする。当然、メアリーも召喚される。同伴の弁護士は、けっして反論しないよう忠告する。しかし、耐えに耐えたメアリーは最後の局面で持論を全面展開する。結果としてメアリーは解雇処分になる。そして、ダン・ラザーは、この事件を最後に、CBSイブニングニュースを降りる。
 メアリーが独立委員会で行った反論が興味深い。メモが本物であることの立証責任は報道した側にある、とする委員に対して、当時の用語、勤務形態、なにより当事者がメモを残していたことを知っていること、これらは真実だとする根拠にはならないのか。かつてのペンタゴン・ペーパーズ、ディープスロートはどうだったのか―。
 ダニエル・エルズバーグによって1971年に持ち出されたベトナム政策の国防総省機密文書、いわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ」をニューヨークタイムスが掲載、司法長官は掲載差し止めを命令した。これに対してワシントン・ポストが掲載を引き継ぐ。当時、W・ポストの編集局内ではこんな議論があったという。「報道の自由を守る唯一の方法は、報道することだ」(D・ハルバースタム「メディアの権力」)
 それが100%真実だと確信できなければ報道できないのか。報道の最前線は、常にこのことを自問自答する。ペンタゴン・ペーパーズもウォーターゲート事件(大統領の陰謀)も、アメリカジャーナリズムの輝かしい金字塔である。最近公開された「スポットライト」はカトリック教会という強大な権力に挑むジャーナリズムを描いた。
 これらに比べると、「ニュースの真相」はジャーナリズムの後退戦を描いた作品である。真実を追求する闘いには、常にこうしたリスクが伴う、ということである。なお、ブッシュ自身の兵役逃れは実際にあったのかどうか。これが問題の本筋と思われるが、このことを問う前に文書の真偽に焦点が合わされ、最も重要な問題にはフタがされてしまった。権力側によるこうした手法は、外務省機密漏えい事件と似ていなくもない。
 この映画は、ブッシュをはじめ関係者を実名で登場させ、実写フィルムも交えている。この種の映画を日本で作った場合、これほど淡々と作れるかどうか。おそらく、「この映画はフィクションです」という断り書きが最後に入るのではないか。こんなところにも、日米のギャップを感じてしまう。2015年、アメリカ・オーストラリア合作。

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夏の夜のスリラー~映画「帰ってきたヒトラー」 [映画時評]

夏の夜のスリラー~映画「帰ってきたヒトラー」

 

 「アドルフ」はもともと、日本でいえば「太郎」や「二郎」といった平凡な、どこにでもある名前だったらしい。しかし、戦後ドイツで我が子にこの名前を付ける親はいないという。ヒトラーは戦後ドイツの最大のタブーになったのである。しかし、そのタブーを正面から笑い飛ばす映画が登場した。

 ヒトラーは1945年、ベルリンの総統府地下壕で愛人とともに銃で頭を撃ち自殺した。この経緯は「ヒトラー最期の12日間」(2004年、ドイツ・イタリア・オーストリア)が、過不足なく描いている。ところが、この「帰ってきたー」では、ヒトラーが2014年のドイツにタイムスリップする。もちろんありえないことで荒唐無稽といってしまえばそれまでだが、とりあえずそのことは言わない。

 戦後ドイツ社会をさまようヒトラー(オリバー・マスッチ)は、まず「そっくりさん」として扱われ、あるテレビ番組に出演する。「今の時代こそ責任ある指導者と変革が必要なのだ」と堂々たる演説で、これがバカ受けする。現代ドイツの状況にピタリとはまっているからだ。一躍、テレビの人気者になったヒトラーはある撮影で、吠える犬に怒り即座に射殺する。どういう経路でか、このシーンが放映されてしまい、ヒトラー人気は急降下。おかげで時間が生まれたヒトラーは「我が闘争」に続く著作の執筆にかかる。インターネッツ(ドイツ風に)の存在を知ったヒトラーは、この上ない政治宣伝の道具であることに気づき、アジテーションを始める。そして、映画化の話が進む。あるシーンで「ヒトラーは怪物だ」と非難されても余裕しゃくしゃく、「選んだのは誰だ、普通の市民だ」「私は大衆ともにある」と答える―。

 戦後ドイツは、ヒトラーが不在であるからこそ「戦後ドイツ」たりえた。しかし、ここにヒトラーが据えられたとき、戦後は「戦後」たりうるのか。ひょっとして現代はヒトラーの時代そのものではないのか。そんな問いが投げかけられ、難民が押し寄せて排外主義が高まる現代ドイツの政治状況が映し出される。

 と、ここまできて、コメディータッチのこの映画は、実は現代のスリラーであることに気づかされる。猛暑の夏、涼みたい方はどうぞ、というわけだ。それとともに、強権政治と復古主義が不気味な高まりを見せる日本の政治状況にも通じることに気づかされる。2015年、ドイツ。強靭なエスプリがきいた映画だ。

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山岳映画と期待しないほうがいい~「ヒマラヤ~地上8000㍍の絆~」 [映画時評]

山岳映画と期待しないほうがいい~


「ヒマラヤ~地上8000㍍の絆~」

 韓国が作った本格的な山岳映画、という触れ込みで、期待して観たが…。うーむ。これは山岳映画なのか。少し違うような。

 8000㍍峰14座を世界で9番目に登った韓国の登山家、オム・ホンギルの実体験を映画化したといわれる。14座登頂を機に、登山家としては引退したホンギル(ファン・ジョンミン)は、ヒマラヤ4座を共にした後輩パク・ムテウ(チョン・ウ)ら3人がエベレストで遭難したとの報を受ける。そこは標高8750㍍、遺体回収など考えられない過酷な場所である。それでもホンギルはかつての仲間に呼びかけ、ムテウを山から降ろそうとする。かつての仲間は二の足を踏む。生活を捨て、死を覚悟して何の名誉にもならない遺体回収に加わるなどということは、考えられないのだ。ホンギルはやむなく単独で乗り込むことを決意する…。

 しかし、一人、二人と仲間が集まり、遭難したムテウらを除く全員がそろった。生活も名誉も捨てて、かつての仲間を山から降ろすためだけに、集まったのだ。そして、エベレストへの過酷な旅が始まる…。

 日本で山岳映画といえば、アルピニズムをめぐる論争やら個人と組織の軋轢やら、ついでにロマンが絡んで最後は自然賛美、というパターン(この部分、クラシカルモデルは井上靖「氷壁」)だが、そういったものはいっさいない。ただベタに人間関係が描かれる。日本と韓国の国民性の違い、ということなのだろうか。

 山岳シーンは風景、演出ともに、こういっては何だがチャチである。例えば8000㍍を超す地点でみんな酸素マスクもせず敏捷に動き、絶叫する。もともと名誉を求めた登山ではないので、初めから酸素マスクをつければいいのだが、みんなそんなことはしない。が、動きは精力的である。この辺の描写が嘘っぽい雰囲気を醸す(あとで気づいたが、酸素マスクをすると誰が誰か分からなくなることを懸念したのだろうか。それならそれで何か工夫のしようがありそうな)。

 終わってみれば山はそっちのけでひたすら熱い人間ドラマ。同じストーリーでも、おそらく日本ではこうは作らないだろうなあ、と嘆息した。

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米国「赤狩り」の時代描く~映画「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」 [映画時評]

米国「赤狩り」の時代描く~

映画「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」


 オードリー・ヘプバーンが主演したウィリアム・ワイラー監督「ローマの休日」(1953年)の脚本はイアン・マクレラン・ハンターが書いたことになっていた。事実、アカデミー脚本賞は彼に与えられた。しかし、後年になってオスカーは、別の人物に与えられた。彼の名はドルトン・トランボ。イアン・マクレラン・ハンターとは知人関係にあった。実は、トランボが書いた脚本が、ハンターが書いたものとして映画化されたのであった。なぜこういうことになったのか。映画は、そのいきさつを細かく追っている。

 第二次大戦は、ファシズム対反ファシズムの戦いだった。戦争が終わると、世界の対立軸は自由主義対社会主義へと移った。自由主義の世界的リーダーを自認する米国内では、国内の共産主義を摘発する動きが強まった。いわゆる「赤狩り」である。ウィスコンシン州選出の上院議員ジョセフ・レイモンド・マッカーシーが反共の急先鋒として登場すると、その動きは加速する。マッカーシー旋風が全米で吹き荒れたのである。第一次大戦末期からあった下院非米活動委員会が「赤狩り」の主要な舞台となった。標的は政治の分野にとどまらなかった。映画や演劇を担う人たちも「ブラックリスト」に載せられた。要注意とされた人たちは「ハリウッドテン」と呼ばれた。共産党員だったトランボもその一人だった。

 トランボ(ブライアン・クランストン)は1947年、議会での証言を拒否、刑務所に送られる。出所後も、全米的な反共のあらしの中で、本名による脚本執筆は不可能になった。生きるため、別の名前で脚本を発表することにした。その中で、知人の名で公表したのが「ローマの休日」だった。

 1950年代のハリウッドの俳優たちも登場する。反共のプロパガンダとしてのジョン・ウェイン(デビッド・ジェイムス・エリオット)、非米活動委員会で困惑した表情を見せるハンフリー・ボガードやローレン・バコールもちらりと登場する。ちなみに、ローレン・バコールの自伝「私一人」を読むと「非米活動委員会」で一章を立て「ハリウッドを襲った恐怖はあなた方には想像できないでしょう」と書いた「デイリー・ニューズ」紙への一文を紹介している。

 妻のクレオ・トランボ(ダイアン・レイン)らとともに潜行生活を送っていたトランボに味方が現れる。俳優のカーク・ダグラス(ディーン・オゴーマン)。彼は、ローマ帝国での奴隷の反乱を描いた「スパルタカス」の脚本を依頼する。監督のオットー・プレミンジャー(クリスチャン・ベルケル)。彼はイスラエル建国を描いた「栄光への脱出」の脚本を依頼する…。こうして追放から13年、彼の名はスクリーンに刻まれた。「ローマの休日」でのアカデミー脚本賞は1993年にあらためて贈られた。

 あのアメリカでさえ、こうした時代があったのである。トランボという強靭でしたたかな精神の持ち主を描きながら、一方で「集団化」が呼び起こす恐怖を描いた映画。それが「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」である。なお、トランボには生涯唯一の監督作品として「ジョニーは戦場へ行った」がある。ベトナム戦争中の1971年に作られた。

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戦争の愚かさを描く~映画「緑はよみがえる」 [映画時評]

戦争の愚かさを描く~映画「緑はよみがえる」


 第一次大戦の1917年、北イタリア山中。オーストリア軍との激戦が続く。雪に閉じ込められた塹壕で、イタリア軍兵士たちは遠く近く、絶え間のない砲撃の音におびえる。

 いわゆる戦争映画ではない。「兵士の死」はあるが、そこへつながる「戦闘」は描かれることはない。映像化されたのは戦場の日常であり、兵士の恐怖に満ちた顔つきである。その意味では、これは「戦場映画」と呼ぶことができる。

 1時間17分。最近の映画では短い部類に入る。しかし、緊迫感は並ではない。

 エルマンノ・オルミ監督が、戦場に送られた父の体験と思いを映画化したと伝わる。最後に「緑はよみがえる。そしてここで起こったこと、耐え忍んだことはどこにも残らない」とのメッセージが流れる。自然の悠久と美しさに比べ、人間が引き起こす戦争のなんと愚かなことか。彩度を抑えた映像が、その意味と重さを引き立たせる。第一次大戦開戦から100年の2014年に作られた。

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ただの日常が、しがらみに変わるとき~映画「二重生活」 [映画時評]

ただの日常が、しがらみに変わるとき~映画「二重生活」


 大学院生の白石珠(門脇麦)が、教授・篠原博(リリー・フランキー)の指導に従って修士論文を書くため「理由なき尾行」を行う。選んだ対象は、まったく必然のない隣家の男、石坂志郎(長谷川博己)。出版社に勤め、美人の妻と子供が一人いる。平凡に見えた男の「生態」を探るうち、その存在の被膜とはかけ離れた姿が見え始める。

 尾行は、人間の存在の根源を突き止めるためのものだった。しかし、そんな哲学的理由をよそに、珠はどんどん、尾行の後ろめたくもスリリングな魅力にはまってしまう。平凡な暮らしをする一人の男が抱える内面の修羅場。どこか浮世離れした教授が人知れず抱える悩み。そんな中で珠は同棲相手の鈴木卓也(菅田将暉)ともぎくしゃくし始める。

 ただ流されていれば何とも感じない日常が、他人の深淵をのぞき込むという行為によってどうしようもないしがらみを心の中に呼び起こす。とても不思議な映画である。りりー・フランキーは相変わらずうまい。監督・岸善幸。

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母と子の変わらぬ想い~映画「山河ノスタルジア」 [映画時評]

母と子の変わらぬ想い~映画「山河ノスタルジア」

 

 四つの事件をオムニバス風に描いた「罪の手ざわり」のジャ・ジャンクー(賈樟柯)監督による新作。主要な舞台を、監督の生まれ故郷である山西省の汾陽に設定したことからもわかるように、監督自身の故郷への思いが、全編の色調に込められている。昨年11月のインタビューで監督が作品を振り返り、母から鍵を渡されたエピソードに触れているが、ここには長い漂泊の末になお断ちがたい故郷と肉親への思いがひそめられている。このエピソードはそのまま、映画の中でも使われている。

 1999年。汾陽で小学校教師として働くタオ(趙濤)は幼馴染のリャンズー(梁景東)とジンシェン(張譚)の二人から思いを寄せられる。結局、実業家の道を歩み始めたジンシェンとの結婚を選び、炭鉱労働者だったリャンズーは故郷を捨てる。しかし、貧困の中で病を得てリャンズーは舞い戻る。

 2014年。タオはジンシェンと離婚、息子のダオラーとも別れ、汾陽で一人暮らす。タオは父の葬儀でダオラーを呼び戻し、ジンシェンとともにオーストラリアで暮らすことを知る。

 2025年。オーストラリアで父と暮らすダオラーは、心のどこかで母の記憶を探り始める。そして、父とも離別する。

 故郷への思いを募らせるダオラーに、中国語教師のミアは「時間がすべてを変えるわけじゃない」という。壮大な叙事詩の中で、監督が言いたかったのはこのことであろう。変わるものもあれば変わらぬものもある。それを信じればこそ、人は生きていける。母は、きっと中国の片隅で、私の帰郷を待っていてくれる…。

 「罪の手ざわり」の、暴力的なまでの切れ味のよさはここにはない。そのかわり、夕暮れどきのような甘い時間の流れがある。ラストの、タオの表情がとてもいい。

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