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興味尽きないその歴史~濫読日記 [濫読日記]

興味尽きないその歴史~濫読日記


 
「日本ノンフィクション史」(武田徹著)

日本ノンフィクション史.jpg  副題に「ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで」とある。「ルポ」といえば戦時中、いわゆる文士による「従軍記」が存在した。あれは本来の意味でのルポルタージュだったのか。そのあたりから、この「日本ノンフィクション史」は語り起こされる。むろん、かつての「従軍記」は、後年に火野葦平自身が語っているように軍部によるさまざまな制限の中で書かれたものであった。事実の一面だけを書く、という極めて不幸な側面を持つが、それでも堀田善衛が指摘するように、ルポルタージュを生んだ最大のものは戦争と革命だった。
 戦争が終わってみると、日本では翻訳されなかったためほとんど知られなかったが、ジョン・リードの「世界を揺るがした10日間」というルポルタージュの傑作が1919年に書かれていたことが広く知られる。そんな中で「猿取哲」のペンネームを持つ大宅壮一が台頭する。彼は戦後左翼思想に染まらぬ「無思想人宣言」のもと、新たなルポルタージュを模索する。平行して週刊誌メディアが隆盛を極める。背景には新中間層の拡張と伸展があった。
 ここで出てきたのが梶山季之、草柳大蔵に代表される「トップ屋」である。この呼称、実は週刊朝日を率いた扇谷正造の作だという。新聞社系の週刊誌は主に新聞記者によって書かれる。それに対して出版社系週刊誌の記事はフリーのライター(アンカーマン)やデータマンによってつくられる。こうした記事が相次いでヒットしたため「羨望とやっかみ、そして軽蔑の入り混じった呼称」(武田)だった。
 テレビ界の動きにも触れている。意外にも「ノンフィクション」を最初に使ったのはテレビ界だと、武田は言う。日本テレビ系「ノンフィクション劇場」がそれである。映像系メディアではもともと「ドキュメンタリー」が使われてきた。しかし、エイゼンシュタインのモンタージュ技法以来、この言葉にはある種の色がついてきた。特定の思想、あるいはプロパガンダとの結びつきが類推され、そこからあえて「ドキュメンタリー」を避け「ノンフィクション」をかぶせたということらしい。
 そして「ノンフィクション」である。武田はここで「ノンフィクション」か「ノン・フィクション」かにこだわる。「フィクション」に「ノン」ということで成り立つジャンルなのか、「ノンフィクション」という独立した分野なのか、という問いである。大まかに言えば、おそらく「ノン・フィクション」から出発しながら「ノンフィクション」に到達した、と理解するのが正しいだろう。もちろん、ここで沢木耕太郎の存在が大きい。沢木によってノンフィクションはひとつの頂点に達したといっていい。小説と見まがうばかりの「物語性」をノンフィクションは獲得した。しかし、沢木自身の次のような言葉によれば、このことはいささか危うい側面を持つ。「こうして出来上がったノンフィクションは、小説とどう違うのかと聞かれると、ちょっと返す言葉がなくなる」。いいかえればニュージャーナリズムで語られたノンフィクションは「閉じられたノンフィクション」であった、これをどう「開かれたノンフィクション」にするか。武田はここでリテラリー・ジャーナリズム、もしくはアカデミック・ジャーナリズムの道は用意できないか、と指摘する。
 書の内容に沿って「ノンフィクション」をめぐる歴史を簡単に振り返ってみると、こうした著作がなぜ今までなかったのだろうか、という思いがあらためてする。しかし、読んでいくうち「ノンフィクション」という言葉自体が極めて危ういものであることが分かる。ジャーナリズム、ルポルタージュ、ドキュメンタリーのなかでノンフィクションはどう位置付けられるのか。「ノンフィクション」とは何か。事実を書けばノンフィクションになるのか。事実の向こうに真実はあるのか。そういう思いが湧き出す。
 手元に資料がなく、この部分はあいまいな記憶に頼って書くのだが、かつて鎌田慧と草柳大蔵による「トヨタ」をめぐる論争があった。鎌田には「自動車絶望工場」、草柳には「現代王国論」がある。ともにトヨタを取り上げた。草柳は、最新鋭の設備によって食事が提供される社員寮を書いた。鎌田はそれに、実際に食してうまいかどうかを確かめたのか、と批判していたように思う。これは、実は深い意味を持っている。「ルポは見たり聞いたり、触れてみたりしたものでなければ書けないのか」という問題である。一方で鎌田の「自動車―」には「潜入ルポ」と揶揄する声があり、鎌田自身、当惑したことをある著作で書いていた。こうしたことは、ノンフィクション史の中でどう位置付けられるのだろうか。
 著者はこの書を書くのに7年を費やしたと「おわりに」で触れている。たとえば、鎌田慧のほかにも立花隆はどう位置付けるのか。書の中であまり触れられていない新聞社系のライター、上前淳一郎や本田靖春をどうとらえるのか。興味は尽きない。
 中公新書、880円。

日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)

日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)

  • 作者: 武田 徹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/03/21
  • メディア: 新書


ジャーナリズムの本筋を行く~濫読日記 [濫読日記]

ジャーナリズムの本筋を行く~濫読日記

 「日本会議の研究」(菅野完著)

日本会議の研究.jpg 「籠池騒動」がテレビのワイドショーを賑わせている。いち小学校の不透明な設立経緯に端を発し、渦中の籠池泰典氏の、幼稚園児に教育勅語を暗唱させるなどユニークな教育方針がテレビ・バラエティの波長にピタリはまった感があり、そこに「私と妻がかかわっていたら議員も首相もやめる」という安倍晋三首相の無防備な発言(裏側にあるのは、長年「一強」といわれ続けたことからくる傲慢さ)が重なって、着地点が見えない。国有財産の恣意的な処分という疑惑が本筋にあって無視はできないのだが所詮、小学校の設立をめぐる疑惑というフレーム自体は揺るぎそうにない。行きつくところまで行けば下火になるであろう、ぐらいの感覚で眺めている。
 しかし、騒動の周辺で何やら薄気味悪いものが見え隠れする。「瑞穂の国」を名前にかぶせたうさん臭い小学校建設に、なぜ安倍首相夫人はこんなにも無防備に手を貸したのか。とっくに葬り去られたはずの「教育勅語」を、なぜ稲田朋美防衛相はわが身を顧みず?擁護するのか。天皇が教育方針に訓を垂れ、かつ国家と天皇のために命を捨てろというのが憲法違反でないという理屈は、どこをどう押したら出てくるのだろうか。稲田答弁は明白な憲法擁護義務違反であるし、教育勅語を教育現場で使うことを否定しないという閣議決定もまた、憲法擁護義務違反である。こんなことがまかり通る世情は、いつの間に醸成されたのだろうか。
 そんなことをつらつら思っていたら、ある人物が籠池さんの周辺から出てきた。著述業・菅野完氏である。その著作「日本会議の研究」は、一度読んでみなければ、と思いつつ時間が取れないまま「積読」状態にあった。ここにきてようやく、この一冊は情況と交錯した。「日本会議」こそが、今日の薄気味悪い世情の底流をなすものではないか。
 日本会議もだが、菅野氏自身、極めて興味深い足跡である。もともと「左」の活動家であったが転向し、米国の大学を出て一般サラリーマンをやりながら、著述業に足を踏み入れたといわれる。菅野氏が「日本会議の研究」を書くに至ったこうした経緯は、一応頭に入れて読んだほうがいい。つまり、大手メディアの書き手のようにきちんとした取材体制や協力者を得ながら書かれたものでない、ということである。それは別段、菅野氏を貶めるために言っているのではない。「はじめに」で本人も言っているように、通読すれば読みづらいところが各所にある。しかし、それはコツコツと独力で書き溜めた末のことだと思われる。変につるりとしているより、ごつごつざらざらとした触感にこそ、この著作の価値がある。
 そうした「手作業」感がにじむ本書はしかし、「日本会議」というこれまで誰も足を踏み入れることのなかった草の根保守の実体に極めて肉薄しているように思う。全共闘運動が吹き荒れた1970年ごろの長崎大で展開された保守による奪還闘争に日本会議の源流を見、思想的バックボーンとして「生長の家」があったことを浮き彫りにしたあたりは、ジャーナリズムの本筋を行く感がある。安東巌という一人のイデオローグに行きついたあたり、圧巻の筆の冴えである。
 今日、牙を抜かれた大手メディアが「バラエティショー」の枠組みの中で「籠池騒動」をとらえる中、こんな骨のあるジャーナリストが「在野」に潜んでいる。なんとも皮肉なことである。
 扶桑社新書、800円(税別)。

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議の研究 (扶桑社新書)

  • 作者: 菅野 完
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/04/30
  • メディア: 新書

 


海という不条理の世界~濫読日記 [濫読日記]

海という不条理の世界~濫読日記

 「漂流」(角幡唯介著)

漂流.jpg 未踏の渓谷に足を踏み入れた「空白の五マイル」や、北極海横断を試みて悲惨な結末を迎えた探検隊の跡を追った「アグルーカの行方」の著者角幡唯介が、「漂流」をテーマにした一冊を世に問うた。角幡は、自らの肉体を自然にさらしてぎりぎりの冒険を重ねる中で、生と死の感覚が複雑に入り組んだ内面を凝視できる数少ない探検家=ライターである。今回は海を舞台に、ある漂流者の体験を追いながらそうした生と死の世界を描写して見せたに違いないと勝手に思っていたら、違った。もっと厚く、深みのある世界がそこにあった。
 角幡が「漂流」体験に関心を持った動機はよく分かる。これまで彼が重ねてきた「自然に翻弄される人間」という体験の極致にあるのは「漂流」体験ではないか、と誰しも思う。そこで、彼は「漂流者」の手がかりを求めてリサーチに入る。浮かび上がったのが、37日間グアムからミンダナオまで2800㌔を漂い、奇跡の生還を遂げたという沖縄のマグロ漁師である。角幡が漁師の妻に取材の申し込みをすると、返事は意外なものだった。漁師は帰還から8年半後、再び海に出たままいまも行方知れずだという。これほどの体験をした男が、なぜ再び海に出たのか。一体、どこを漂流しているのか―。
 ここから、綿密で膨大な取材が始まる。その漁師、本村実の出身地、伊良部島・佐良浜のこと。そこは古くから漁師の里であり、漁師気質の血が脈々と流れる土地であること…。ある漂流体験を追いながら、一人の漁師を生んだ風土にも迫ろうという角幡の試みは、時に漂流しているのは誰か、という思いさえ、読む者に抱かせる。漂流しているのは角幡なのか、それとも読者なのか。終戦直後の、積み荷の爆弾目当ての沈船漁りで命を落とした多くの浜の男たち、南太平洋のマグロ漁で一獲千金の末に無一文になった男。海は多くの男たちの人生を狂わせた。その中に本村実もいた。
 本村実は、ニライカナイに旅立ったのではないか。ニライカナイとは沖縄で信仰されてきた他界、常世である。海に出た漁師たちに寄り添う不条理の国。そういえば、佐良浜のもともとの起源は、補陀落浄土を求めて池間島に流れ着いたある僧の存在であったと角幡は書き記す。
 角幡は取材を通して、「海」という不条理に縛り付けられた人間の生き様を発見する。そして、そのことが、自分を魅了したのだと告白する。考えてみれば、角幡が自然の中の冒険に向かう動機もまた、自然という不条理に身を任せたいというある種の欲望にあるのだろう。だからこそ、彼は本村実の生き方に羨望を抱く。
 ――考えてみると、私が本村実の漁師としての足跡をこれほどたずねまわったのは、このような不条理な海という自然にしばりつけられて生きてきた土地と人々の生き様に魅了されたからであった。と同時に、彼らにある種の妬みをかんじたからでもあった。
 角幡はこの一冊で、自らの冒険譚を書くライターという位置づけから一段違う存在になったことは確かであろう。
 新潮社、2016年、1900円(税別)。

漂流

漂流

  • 作者: 角幡 唯介
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/08/26
  • メディア: 単行本


究極のポピュリズムに堕する恐れも~濫読日記 [濫読日記]

究極のポピュリズムに堕する恐れも~濫読日記

 「情報参謀」(小口日出彦著)

情報参謀のコピー.jpg  随分昔の話だが、ある国会議員との雑談で、落選して浪人中のことに話題が及んだ。居酒屋をしていたという。「どうして、また」というと、政治家と居酒屋には共通点があり、どちらも情報(=口コミ)を扱う仕事だということだった。
 テレビでは、朝から井戸端会議のようなワイドショーが全盛だ。かつてのような、問題提起型やニュースの掘り起こしでなく、不確かなことも含めて情報を整理し、分かりやすく視聴者に見せる。どうしてこうなったか。ネット社会の影響が大きいと思われる。いわゆるSNSである。先の米大統領選ではツイッターが威力を見せた。オバマさんが大統領の座についた時10万人だったフォロワーは、トランプさんの時1000万人を超えたという。一方で既存メディアの信頼性は、各種世論調査によると激減した。かわりに、内容の7割は信ぴょう性に疑問符がつくというトランプさんのツイッターが社会的影響力でトップになった。
 ネット社会は、巨大な口コミ社会だといわれる。「~らしい」といった「情報もどき」があっという間に社会を席巻する。
 そこで、得体のしれない化け物と化した「テレビ+ネット社会」をうまく読み解けば、政権への道筋も確かなものとして描けるのでは、と考えるのは、至極当然のことであろう。情報はどう発信すればいいか。いま、最も注目されているトピックは何か。キーワードは何か。その背後にはどんな動きがあるか。
 政権の座から滑り落ちた自民党は、こうした巨大口コミ社会での「情報分析」に着目した。迎え入れたのが、パースペクティブ・メディア社長であり、デジタル情報分析のプロである小口日出彦であった。彼は、衆院選に大敗した2009年から、第2次安倍政権が参院選に圧勝した2013年まで、自民党の情報分析プロジェクトにかかわった。その体験をまとめたのが、この書である。
 この間の自民党との関係について小口は「カーナビのようなものだった」と回想する。つまり自民党という車があり、運転者である自民党議員に「政権」という目的地にたどり着くまでの道筋を提示する。それが自分に与えられた役割だったという。
 これまで、政治とは庶民の求めるものを直感的につかむ―例えば田中角栄が典型だが―経験と勘がものを言う世界だった。ここに小口は、テレビとネットを24時間監視し、それを膨大なデータとして積み上げ、さまざまなトレンドを抽出するという手法を持ち込んだ。基礎となるのは、テレビでの報道(ポジ、ネガの判別も含めて)とネットでの検索数、ブログへの書き込み。もちろんこうしたメタデータ作成が可能になった背景には、社会での情報の流れ方がアナログではなくデジタルに変わったということがある。
 さらに、こうしたデータの抽出を、初期には1週間単位で行ったが、後には日ごとにまとめる形に変えていった。こうして、例えば選挙戦に入れば、いま何を訴えればいいかをその日その日で提示していく。こうした手法は、マーケティングリサーチに似ている。というより、そのものといったほうがいい。いま消費者が飛びつく商品は何か、ということと同じ次元で、いま有権者が飛びつく、あるいは民主党にダメージとなる政治コンテンツは何かを探る。こうした役回りを小口は自ら「傭兵」と表現している。
 例えば「政治とカネ」は、急激に注目されるが関心が薄れるのも早い。沖縄の「普天間」は、なかなか関心は伸びないが、落ち込みも少ない(小口は「減衰率が低い」と形容している)。そこで、有権者に訴えるには「政治とカネ」より「普天間」の方が有効、とアドバイスする。これは、考えようによってはかなりきわどい作業と思える。
 情報を整理し集計したうえで情報のトレンドやキーワードの抽出までは「傭兵」がやるが、素材を採用するかどうかは自民党で決める、と役割分担の線引きがなされているが、この境界線があいまいになるか崩れた時には、政治が究極のポピュリズムに堕する恐れがある。小口自身、谷垣禎一総裁へのレクチャー資料をめぐって「よくここまででしゃばったものだ」と冷や汗をかいたと述懐している。政治ビジョンの提示の仕方についてまで指南しているからだ。ここから、ビジョンの内容にまで立ち入ることまでの距離はそれほどないように思う。そのことの意味と怖さを自民党側が本当に理解しているかどうか。もし理解していないとすれば…。
 この書は一見、「ITと政治」というきらびやかな世界の一端を示したかのようにも見えるが、私には現代の怪談のように思えた。(講談社現代新書、760円=税別)

情報参謀 (講談社現代新書)

情報参謀 (講談社現代新書)

  • 作者: 小口 日出彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/07/20
  • メディア: 新書


沖縄戦後史と半生を重ねる~濫読日記 [濫読日記]

沖縄戦後史と半生を重ねる~濫読日記 

「私の沖縄現代史 米軍支配時代を日本(ヤマト)で生きて」(新崎盛暉著)

私の沖縄現代史.jpg 沖縄の近現代史について多数の著書を持つ著者は、沖縄出身の父母のもと、東京で生まれ、沖縄大学に赴任するまでの半生をヤマトで過ごした。いわば戦後沖縄の同伴者である。本土と沖縄の関係について「構造的差別」と指摘した著者が、日本と沖縄の「関係史」を、自身の半生を重ねてつづった。
 1936年生まれ。日中戦争の始まる前年である。戦時下を愛国少年として過ごし、都立高生のころ、対日平和条約と日米安保協約の発効を聞く。校長の「万歳三唱をしましょう」との言葉に違和感を覚える。大学在学中にはハンガリー動乱と遭遇。アメリカの陰謀説を唱える自治会執行部の説明は「著しく説得力を欠いている」と映る。
 60年安保へ向けた動きが強まる中、「沖縄」をどう位置付けるかが議論の焦点になる。在日米地上軍の大幅削減がうたわれ、海兵隊を主力とする地上部隊の多くが本土から沖縄に移駐してきたが、そのことを批判した本土メディアは少なかった。さらに、安保の条約適用範囲に沖縄を含めるかどうかが議論された。沖縄は既に米比、米韓、米台などとの共同防衛地域に入っていたため、日米安保の範囲内に沖縄を入れることは、北東アジア条約機構の成立を意味する。しかし、政府は、返還を前提にすれば当然、沖縄は日米安保の範囲内に入るとした。
 大学を出ると、中野好夫が立ち上げた沖縄資料センターの仕事と、生活の糧を得るための東京都庁勤務の「二足の草鞋」の生活を始める。安保闘争後の1963年ごろから雑誌「世界」を中心に論文や小文を書くことになるが、振り返って「二つの意図があった」という。一つは沖縄問題が日本全体の問題であることをヤマトの読者に理解させること、もう一つは、沖縄の大衆運動のリーダーに運動の自己点検や内在的矛盾の直視を呼び掛けること。
 しかし、本土と沖縄の意識のギャップは容易に埋まらなかった、と著者はいう。特に1968年ごろから、従来の復帰運動や返還運動の質的転換を模索する動きが強まり、それが実力行動を生み、「自画自賛」とも思える運動総括に結び付くものもあった。本土と沖縄を分離するこうした観念的二分法がその後、肥大化し、強固な構造的差別につながったという。一方で、辺野古や高江の闘いには、こうした観念的二分法を実践的に克服する動きも見えるという。
 1972年、沖縄闘争敗北の結果として沖縄は日本に返還され、沖縄は日本の外側からでなく内側から日米安保を支える存在になった。復帰措置の一環として私立大の統合問題が起き、沖縄大が存亡の危機に立たされる。この問題にもかかわった著者は、その後、存続が決まった沖縄大の教員になる。
 自身の半生と沖縄の戦後史を重ね合わせ、人々との出会いを絡めてつづられたこの書は、硬軟織り交ぜた筆致で動乱の時代を振り返り、読ませる。
 (岩波現代文庫、2017年、980円=税別)

私の沖縄現代史――米軍支配時代を日本で生きて (岩波現代文庫)

私の沖縄現代史――米軍支配時代を日本で生きて (岩波現代文庫)

  • 作者: 新崎 盛暉
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2017/01/18
  • メディア: 文庫

 


全米を覆う「私は惨め、それで何が悪い」 [濫読日記]

全米を覆う「私は惨め、それで何が悪い」

 「ルポ トランプ王国―もう一つのアメリカを行く」(金成隆一著)

トランプ王国.jpg 今朝(228日)の新聞で、トランプ米大統領がアカデミー賞授賞式でさんざん皮肉られたことが伝えられた。メディアの選別、移民の排斥をはじめ、多様性を認めない姿勢への批判である。アメリカは英国から独立する際、自由と可能性の国を旗印にしてきた。その国で、どうしてこんな政権が生まれたか。
 もちろん、これはトランプ個人の資質によるというより、アメリカが置かれた窮状がもたらした結果であろう。では、アメリカが置かれた状況とは何か。それを探ったのがこの書である。
 あるトランプ支持者が書いたアメリカの地図が出てくる。粗雑な地図だが、言おうとすることはわかる。アメリカの中央部、かなり広い範囲がぐしゃぐしゃと塗られている。著者によると、赤(=共和党の色)で塗られている。東と西の海岸部は別のトーンになっている。おそらくそこは青(=民主党)で塗られている。地図の書き手は、こういう。
 ――大陸の真ん中が真のアメリカだ。鉄を作り、食糧を育て、石炭や天然ガスを掘る。(略)もはやオレたちはかつてのようなミドルクラスではなくなり、貧困に転落する寸前だ。今回は、真ん中の勝利だ。
 トランプ政権を生み出した心情が、この言葉に集約されている。
 著者はまず、2016年と2012年の大統領選結果を見比べる。前回、共和党が負けて今回勝った州が六つ。そのうち、フロリダを除く5州には共通項がある。ラストベルト(錆びついた工業地帯)であることだ。労働者が多く、元々民主党が強かった地域。ここがトランプ支持に変わった。労働者が民主党ではなく、共和党のトランプ支持に回ったということである。
 著者はこの地域に、大統領選の1年前、201512月から通ったという。首都ワシントン、あるいはニューヨークやロサンゼルスなど沿岸都市では本当のアメリカは見えない、という思いからである。そこで見聞きしたものを、ルポにまとめた。
 まず見えてくるのは、グローバリズムに打ちのめされたミドルクラスの姿である。収入は下がり、職を求めて若者が出ていくのが当たり前になった田舎町。そんな中で、中年白人の死亡率が上がっているとういう論文がメディアで紹介された。背景にあるのは自殺や薬物乱用。借金をしながら大学を出て、フェンス工場で働くロニー(38)は、「dead-end job」(成長の見込みのない仕事)だとつぶやく。そして、「トランプにやらせてみたい。何ができるか。この地域には変化が必要だから」という。
 ある逸話が、記憶に残る。
 クリントンが演説で、トランプ支持者の半数は人種差別や男女差別主義者など「deplorable」な人たちと呼んだ。嘆かわしい、惨めなという意味のようだ。弁護士、大統領夫人、上院議員、国務長官と人もうらやむキャリアを重ね、長年、中央政界にいて高額の講演料をもらうクリントンには言われたくない。そんな憤りに、この言葉は火をつけた。しかも、マンハッタンでの資金集めパーティーで出た言葉だから、なおさらだ。トランプ支持者たちは「私はみじめ」と書いたTシャツを着て、こんなクリントンは支持したくない、という。
 「私は惨め」という思いはリベラル嫌いにも通じ、アメリカン・ドリームは死んだという思いにもつながっていく。事実、1980年代生まれで、階層間での上昇率(親よりも所得が増えた層の率)は、ラストベルトで低いというデータがあるという。
 こうした閉塞的な状況の中でトランプが掲げた標的は二つ。一つは自由貿易、もう一つは移民。これがミドルクラスから脱落しかかった多くの人々の心情に響いた。独自の資金力を持つトランプが言えば、しがらみがないからやってくれると思った。
 しかし、著者も触れているように、多様性の尊重や言論の自由、機会均等といったアメリカの原点を認めない権力者の手でアメリカはどこへ行くか。事実を軽視し偏見と差別を振りまく権力者は、どう見てもアメリカには似合わない。懸念は広がるばかりである。
    ◇
 グローバリズムの発信源は、元々アメリカである。国境の内側に収まらない規模に発達した企業が未知の領域を求めて世界を傘下に収めていった、それがグローバリズムの歴史だった。その最も醜悪な形である「惨事便乗型資本主義」の理論を唱えたフリードマンの信奉者には米英ロ中の指導者、IMF、FRBのトップまで連なる(ナオミ・クライン著「ショック・ドクトリン」)。多国籍企業によって途上国民とアメリカの中間層が天秤にかけられた結果、グローバリズムの波は皮肉にも、アメリカ経済の根幹ともいえる部分をいまや崩壊させているのだ。著者は朝日新聞ニューヨーク特派員。(岩波新書、860円)


ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く (岩波新書)

ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く (岩波新書)

  • 作者: 金成 隆一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2017/02/04
  • メディア: 新書


豊饒とも思える日常の深淵~濫読日記 [濫読日記]

豊饒とも思える日常の深淵~濫読日記

 「セカンドハンドの時代『赤い国』を生きた人々」(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著)

セカンドハンド.jpg ソ連は1917年の革命で誕生し、1991年に崩壊した。よくも悪しくも、20世紀の壮大な実験であった。この「赤い時代」に生きた人々の肉声を拾い集め、一つの「帝国」の相貌を浮き上がらせたのが、この書である。
 「セカンドハンド」とは「お下がり」の意味である。誰かが使い古した思想や社会システムを後生大事に守ってきた。そんな国家に付き合った(付き合わされた?)人々に20年間インタビューを重ね、出来上がった書は600㌻にもなった。
 著者のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチはこれまで、「原発」や「戦争」をテーマにいくつかの著書を出し、2015年にノーベル文学賞を受賞した。ウクライナに生まれ、ベラルーシで育った彼女は「私には三つの家がある」と語る。三つ目の家とは、もちろん「ロシア」である。そうした彼女が「ユートピアの声」シリーズの完結編として、「ソ連崩壊」をテーマに選んだのは、それほど不思議ではないだろう。
 「チェルノブイリの祈り」にしても「戦争は女の顔をしていない」にしても、彼女の書の構成には特徴がある。決して特別でない普通の人たちが語った言葉を、具象のままに我々に提示する。体系づけたり、意味づけたりすることは極力避けられている。だから、全体を通して抽出されるイメージはない。いずれも、時代の転換とともに露出した岩盤、地層のようなものが、ごろりと目前に転がっている。「セカンドハンドの時代」も例外ではない。
 こうした「聞き書き」へのこだわりを、作者はこう語る。
 「わたしをいつも悩ませていたのは、真実はひとつの心、ひとつの頭のなかにおさまらないということ。真実はなにか細かく砕かれていて、たくさんあり、世界にちらばっている。それをどうやって集めればいいかということ」(訳者あとがきから) そして尋常ならざる営為によって集められた「真実」のかけらは、読む者にとって廃墟を訪れた思いを抱かせる。そこで作者はこういう。「廃墟のうえで永遠に生きたい人などいない。これらの破片でなにかを建設したいのです」(同)
 そんなわけで、ここに集められた声の主は一見、弱者であり敗者であるかのようだ。しかし、そうだろうか。ある朝、窓の外には戦車。ゴルバチョフに抵抗する国家非常事態員会がクーデタを起こし、エリツィンが通称「ホワイトハウス」に立てこもる。そして民はこういう。
 ――おい、みんな、思想がどうしたって?人生は短いんだ。さあ、飲もうじゃないか!
 あるいは、こんな証言。
 ――あなたも教わったでしょ、覚えていらっしゃる? 秘密の話をしなくちゃならないときには、2、3㍍電話機からはなれる、受話器から。
 ――わたしたちは信じていました、いまそこに…わたしたちを民主主義にのせてってくれるバスが外にもう止まってるって。(略)そんなものはなかったのです。
 ――共産主義って禁酒法のようなものよ。アイデアはすばらしいんだけど、機能していない。
 ――でも、ほんとうに、こんなことを書いても大丈夫なんですか?(略)こんなことを話しても…。こんなことがあったあとで、どうやってしあわせな人間になればいいのかしら。
 途方に暮れていても、したたかな民の声である。
 本当は、こんなふうに一行を抽出することさえためらわれる。全体をそのまま全体として受け止めるしかないのである。ドストエフスキーのような、豊饒とも思える日常の深淵。まぎれもなくここには文学の淵源がある。(岩波書店、2700円=税別)


セカンドハンドの時代――「赤い国」を生きた人びと

セカンドハンドの時代――「赤い国」を生きた人びと

  • 作者: スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2016/09/30
  • メディア: 単行本

 


戦後第2世代に期待する~濫読日記 [濫読日記]

戦後第2世代に期待する~濫読日記


「『戦後』はいかに語られるか」(成田龍一著) 

「戦後」はいかに語られるかmono.JPG 成田には、「戦後」を分析した著書として「『戦争体験』の戦後史」がある。刊行は2010年。しかし、直後に「戦後」を語るうえで欠かせない出来事が起きた。東日本大震災と福島原発事故、いわゆる「3.11」である。「3.11」は日本の戦後史の解釈を変える、決定的な何かを(成田の用語によれば)「またぎこして」しまった。それゆえにこの出来事は日本人にある種の「不安な予感」をもたらし、それが安倍晋三政権の実現に結び付いたといえる。そこで安倍政権は「戦後」の見直しに取り組んだ(いわゆる「戦後レジームからの脱却」)が、それは「戦後」を歴史的にきちんと位置付けたうえで「ポスト戦後」へ向かうという手順ではなく、「戦後」の無化と否定であった。そこで、戦後を文脈化し歴史化する作業が必要ではないか、というのが、成田のモチベーションであったようだ。
 そのうえで、前著と比べた場合、大きな違いは、戦争体験者を祖父母に持つ、いわゆる戦後第2世代の台頭に言及している点である。ちなみにいえば、戦争体験をめぐっては、①戦前世代②戦中世代③少国民世代④戦後第1世代⑤戦後第2世代―という世代区分がなされている。戦争体験者は1930年代まで、戦後第1、第2世代の分かれ目は1970年ごろである。つまり、このところ、1970年ごろ以降に生まれた世代が、その前の世代とは違った発想や思想でモノを言い始めたことに、成田は注目している 例えばそれは、映画では「野火」をリメークした塚本晋也であり、政治学者では「永続敗戦論」の白井聡である。あるいは「誰も戦争を教えてくれなかった」の社会学者、古市憲寿も入るだろう。「東京プリズン」の赤坂真理は、1960年代の生まれだが、いわゆる戦後思想の枠組みから自由であるという点において、このグループにいれていいかもしれない。
 あえて彼ら、彼女らの共通点を探せば、必要に迫られたかどうかは別にして、戦争を学びなおそうとする体験を持ったことである。そのうえで、自由なアプローチを重ねながらあるときは違和感、矛盾を感じ、共感もする。そこが、「悔恨共同体」の呪縛の中で戦後思想=平和思想とアプリオリに設定してきた戦前、戦中、少国民、戦後第1世代とは決定的に違っている。
 こうした思想の地平を見ながら、では「戦後(思想)」を保守すれば「平和」は保てるのか、という問いを立てなければならない。確かに、戦後思想にはぶ厚い地層が秘められている。だが、成田も指摘するように、オバマ大統領の広島訪問は「アメリカの原爆投下に対し、『謝罪』を要求すらしない日本政府とメディアの姿勢によって、日米同盟という名のもとの従属関係を明らかにしたこと」であり、「『歴史』が〈いま〉を浮かび上がらせた一瞬」でもあった。言い換えれば「戦争」「原爆」を「歴史認識」として思想的に位置づけられない〈戦後〉が明るみに出た瞬間であった。もはや「戦後」は行きつくところまで行きついた。戦後第1世代としては、成田が引く「未来の他者との対話」(大澤正幸)を、「悔恨共同体」に縛られない戦後第2世代以降の人たちが重ねてくれることを祈らねばならない。(河出書房新社、1400円=税別)

「戦後」はいかに語られるか (河出ブックス)

「戦後」はいかに語られるか (河出ブックス)

  • 作者: 成田 龍一
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2016/10/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


描かれたのはスペインそのもの~濫読日記 [濫読日記]

描かれたのはスペインそのもの~濫読日記


「さもなくば喪服を 闘牛士エル・コルドベスの肖像」
 
さもなくば喪服を.jpg その日は雨だった。砂の足元は滑りやすい。下手をすれば死人が出る。興行主は中止すべきかどうか、迷った。だが、男は平然と出ていった。闘牛場の中央へ。
 1964年5月20日。28歳でスペイン闘牛界の頂点に立つ男、エル・コルドベス(コルドバの男)ことマヌエル・ベニテスは、左目が見えずインプルシボ(癇癪もち)と呼ばれる牡牛と壮絶な死闘を繰り広げた。テレビ中継され、国民は熱狂した。スペインの社会活動は停止状態に陥ったといわれる。そして、エル・コルドベスを中心にしたこのころのスペイン闘牛界は「狂った1960年代」と呼ばれた。
 スペイン内戦が始まった1936年、アンダルシアの寒村で生まれた男はなぜ、闘牛士をめざしたのか。街頭での素人闘牛にのめりこんだ少年時代。勇気と野心だけでフランコ体制下のスペインをのし上がった男の内面とともに、スペインそのものを描き切ったノンフィクションである。関係者の証言を重ねる中で生まれる緊迫感。奇跡の書といってもいい。
 「泣かないでおくれ。今夜は家を買ってあげるよ。さもなくば喪服をね」。初めて闘牛場に立つ日、飢餓に苦しむ若者は、こう姉に告げた。この言葉がタイトルになっている。著者のラリー・コリンズ、ドミニク・ラピエールは「パリは燃えているか」のコンビでもある。

 (早川書房、2005年、2600円=税別)


さもなくば喪服を (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)

さもなくば喪服を (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)

  • 作者: ドミニク・ラピエール
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2005/06/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

「虚妄の戦後思想」の元凶は~濫読日記 [濫読日記]

「虚妄の戦後思想」の元凶は~濫読日記


「丸山眞男の敗北」(伊東祐吏著) 

丸山真男の敗北mono.jpg 著者の伊東祐吏は1974年生まれ。1960年代後半から70年にかけて全国の大学で闘争のあらしが吹き荒れ、丸山眞男が虚妄の戦後民主主義の代表的存在として批判された時代の後に生を受けた世代である。彼らが丸山をどう見たか。
 それはそのまま、70年代以降の若い世代が、丸山を通して「戦後」という時代をどう位置付けるかにつながる。そのあたりの思考の回路を、伊東は「はじめに」で示している。この中で、戦争体験や記憶が消滅する瀬戸際にある今、先人の足跡をたどりながら「戦後」を再点検(=再定義)することの重要性を唱える。その意味では、丸山は「戦後」をみるための「窓」であったといっていい。
 構成はほぼ時代に沿っておりオーソドックスである。福沢諭吉と明治を論じた丸山に、絶対的体系より時代によって立ち位置を自在に変えることを優先した「相対の哲学」を、戦中の「近代の超克」をめぐる思想に一種の転向をみている。この「近代の超克」をめぐる考察については少し込み入っている。まず荻生徂徠をめぐる丸山の思考体系に「『近代の超克』への共感」と「『近代的思惟の不十分さ』の指摘」をみる。そして戦時中、微妙ではあるが前者から後者への転換(=転向)をみるのである。丸山については戦後民主主義者のイメージが強いことから、近世思想史研究の成果については当時の国家主義的な風潮に抗ったものとする見方が強いが、1990年代のポストモダン派の論などを踏まえてそれらの見方に一定の批判を加える。丸山は、従前から言われたより国家総動員体制との親和性(=「近代の超克」への共感)が強かったのではないかとの評価である。この部分は、丸山の戦後思想を批判する上で、戦争への当事者意識の希薄さ(あるいは隠ぺい)という視点につながっていく。
 この後、丸山の戦争・被爆体験を紹介したのち、戦後と丸山のかかわりについて、時代を4区分して論じる。第1期は敗戦から1950年まで。いわゆる占領の時代である。第2期は50年から60年まで。これを「逆コースの時代」と呼んでいる。第3期は5560年。これを「経済成長のはじまり」ととらえる。以降は「思想史家としての格闘」と章を立てている。最終章はまとめとして「丸山眞男の敗北」である。各章をそれぞれ追うことはここでは無理だが、最後の「丸山眞男の敗北」についてふれる。
 戦争を体験する中で国民は多くの「死」を身のまわりで体験した。陸軍二等兵として応召し、広島で被爆した丸山も例外ではない。学問分野でも、思想弾圧というかたちで多くの死を見ている。丸山はそうした敗戦直後の知識人の連帯感を「悔恨共同体」と呼んだ。民主主義の実現は死者の弔いであるという焼け跡民主主義、飢餓デモクラシーが戦後社会の原点であったというのは丸山も同じであっただろう。しかし、こうした丸山や戦後民主主義思想に「それゆえの難点」があったと著者は言う。弔い合戦の成果としての「戦後民主主義」であるなら、それは変更を許さない(変更は死者への裏切りになる)とすれば、そのあるべき姿は奉るだけの対象になり、次世代が引き継ぐことができなくなる、と著者は言う。そのうえでエマニュエル・レヴィナスについての内田樹の分析をあげ、①自分の正しさを疑うこと②「死者のために」という発想をやめること(死者を死なしめること)③自分の罪深さを認めること―などをあげる。さらに「『死者に代わる』という不遜をだれが許したのか」「死者と生者を和解させるものはなにひとつないという事実を、ことさらに私たちは忘れ去っているのではないか」という詩人・石原吉郎の問いかけを紹介。これらをそのまま丸山への批判とする。こうして丸山は「死者の呪縛」の中で戦後民主主義を独占し、死者との思い出の中で戦後民主主義の多くの欠陥を見逃した、と言う。これこそが戦後民主主義の虚妄を生んだ元凶と著者は指摘する。
 では、「戦後民主主義の虚妄」とは具体的に何を指すのか。ここで著者は戦後日本を振り返り、二つのことをあげる。一つは、米国の存在を意識から除外してきたこと。これは2段階あり、まず「意識的に見ない」、その次に「忘れる」。もう一つは、民主主義的理想を追うよりもいい暮らしや豊かさを求めたこと。これは吉本隆明の「戦後民主主義=擬制」批判につながる。同時にそれは民主主義者、思想家としての丸山の敗北であり、戦後民主主義の敗北でもあると著者は言う。そしてこれこそが、「戦後日本に、どこかウソくさい言語空間に閉じ込められたような息苦しさ」の元凶なのである。 言い換えれば、戦後日本は「いい暮らし」のために理念やプライドを捨ててきた、しかし、捨ててきたことが敗北なのではなく、「捨ててきた」ことを認めないことこそ戦後日本の敗北であるという。そして、私たち(=伊東の世代)が「戦後」を手中に収めるためには、丸山眞男の「敗北」を知らなければならないとした。
 「戦後」もしくは「戦後思想」が「焼け跡=死者との約束」から出発したことは確かである。しかし特に1960年の安保闘争以降、吉本が「擬制」と批判したように戦後思想は何か嘘くさく、したがって「平和」も何か空虚で意味を持たない概念のような響きを持ってきたことも事実である。しかし、「戦後思想」も「平和論」も何らかのかたちで後世へ引き継がれなければならない。それはどのような態様になるのか。山本昭宏「教養としての戦後〈平和論〉」とこの「丸山眞男の敗北」が、それぞれに戦後を通観する中で手がかりを示している。
(「丸山眞男の敗北」は講談社、1700円=税別)

丸山眞男の敗北 (講談社選書メチエ)

丸山眞男の敗北 (講談社選書メチエ)

  • 作者: 伊東 祐吏
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/08/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


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