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現下の政治を整理するための好著~濫読日記 [濫読日記]

現下の政治を整理するための好著~濫読日記

 

「自民党―『一強』の実像」(中北浩爾著)

 

 森友学園疑惑、加計学園疑惑と、安倍晋三政権の腐敗が露呈している。根幹には、「一強」ぶりが際立つ官邸に対して政官の行き過ぎた忖度があると思われる。では、官邸の一強体制はどのように出来上がったのか。それを考えるうえで参考になる書である。それは同時に、現下の政治状況を整理するための、最適な一冊でもある。

 全体を俯瞰すると派閥、政策決定プロセス、国政選挙、友好団体の変化など、自民党をめぐる近年の変化のほぼ全体像をとらえている。その中で最も決定的な要因は、政治とカネ批判に対応した選挙制度改革である。それに加え、政策決定を官邸が積極的に主導したことと、内閣人事局設置による官僚支配が、官邸の立場を強化させたといえる。

 衆院が中選挙区から小選挙区へと変わったことで党公認が中央に一本化され、まず派閥が弱体化した。この変化は族議員の弱体化を招き、政策決定における官邸の強化につながった。いわゆる「政治とカネ」批判を受け、政治資金の流れも一本化された。かつてはカネとポストの配分が派閥の機能といわれたが、もはやどちらも、派閥とは無縁となった。こうして派閥は単なる人的ネットワークになった。かつて政治の悪弊とみなされた派閥は機能のほとんどを失ったが、そのことが官邸の機能強化につながったのである。

 小選挙区は定数1だから、理論上有権者の半数を確保しないと当選できない。現在の自民党の組織票だけでは議席確保がおぼつかないので浮動票に頼らざるを得ない。まさしく、制度が変わった1996年以来、2005年の小泉郵政選挙、2009年の民主党政権奪還選挙、その後の自民党復活と第三極躍進選挙と、浮動票が政権のありようを決めてきた。

 ただ、安倍政権が復活した2012年の衆院選以来、自民党の絶対得票率はけっして高くはない。ここ5年間は、自民が勝つというより野党が負ける選挙が続いているといったほうが正しいだろう。その中で自民の勝因を分析すれば、地方の組織票が比較的安定していること、都市の与党票をまとめる公明の組織的バックアップが効果的であることが挙げられよう。

 現在、森友、加計学園問題への対応や強引な国会運営をめぐって世論調査の内閣支持率は軒並み激減、その中で「支持政党なし」が急増している。7月7~10日の時事通信調査で支持は30%の大台を割り(29.9%)、不支持48.6%、「支持政党なし」は実に65.3%に達している。これは民主党が政権を奪取した2009年と似ており、新たな政治的枠組みを待望する有権者心理を表している。

 小泉政権は「古い自民党をぶっ壊す」と連呼して政権につき、郵政選挙では改革派対抵抗勢力という構図を作り上げた。加計学園問題で安倍政権は構造改革を推進する勢力と抵抗勢力という構図を作ろうとしているが、「首相発言を信用できない」とする声が多くあり(時事調査では67.3%)、目論見は成功していない。

 では、今後の政治地図はどうなるか。中北氏が指摘するように、安倍政権の特徴は小泉政権から引き継いだ新自由主義路線と、民主党政権時代の野党体験を踏まえた右傾化路線だった。しかし、おそらく安保法制、特定秘密保護法、共謀罪法などに見られる安倍政権の路線に、多くの国民は辟易としている。深刻化する貧困率など新自由主義路線にも懸念を抱いている。これらに対する国民の思いを受け止める新政党が登場すれば、間違いなく国政に風が吹くだろう。その条件は整いつつある。一方で自民党内を見渡せば、弱体化したといってもなお息づく派閥間力学の中で、旧清和会系の小泉・安倍政権に政策的違和感を抱き続けた旧宏池会系(岸田派、麻生派)、旧経世会系(額賀派)がどう動くかも、今後の新地図に影響しそうだ。

 中央新書、880円(税別)。


自民党―「一強」の実像 (中公新書)

自民党―「一強」の実像 (中公新書)

  • 作者: 中北 浩爾
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/04/19
  • メディア: 新書
 

戦場から虚無の世界へ~濫読日記 [濫読日記]

戦場から虚無の世界へ~濫読日記

 

「大岡昇平 文学の軌跡」(川西政明著)

 

 むかし、雑談をしていて大岡昇平の「レイテ戦記」に話が及び「これだけ詳細に戦場を描いていながら女性のこと(「慰安婦」のこと)が出てこないのはなぜだろう」という指摘を聞いたことがある。確かに、戦記文学の最高峰といっていい「レイテ戦記」には「戦場にいた女性」のことが書かれていない。しかし、それを「不思議なこと」とは思えなかった。どこか大岡の作家としての資質に由来するのではないか、という感覚があった。

 文芸評論家・川西は最近、「新・日本文壇史」を書き終えた。「大岡昇平 文学の軌跡」は川西の遺稿とされる。「新・日本文壇史」の流れを引き継いでいるせいか「大岡昇平」も作品論、文学論というより文壇における大岡の生きざまを浮き彫りにした、という印象が強い。「出生の秘密」から書き出し、中原中也、小林秀雄らとの疾風怒濤の日々から、戦争体験と「野火」「俘虜記」の執筆過程へと向かい、終わり近くである女性のことに多くのスペースを割いている。

 「出生の秘密」によると、紀州の地侍の血を引く大岡の父は株屋になり、浮き沈みの激しい人生を送ったという。そんな中で「芸妓と遊客」が、後の大岡の父母になった。10代でそれを知った大岡は衝撃を受けたという。このことが、彼の女性像を形成する原体験になったと、川西は書いている。女性に対するこうした複雑な視線が「戦場の女性」を描くことを拒絶させたか、あるいは書くという行為へと向かわせなかったのではないか。

 この書の後半に出てくるのは坂本睦子という女性である。川西は「昭和文壇史に妖女のように君臨した」と書く。10代で上京、文藝春秋地下のレストランで働いていたところ直木三十五、菊池寛、小林秀雄らと関係を持ち、戦後復員してきた大岡とも付き合う。大岡が睦子との日々を小説にしたのが「花影」である。

 複数の男を渡り歩きながら決して男を愛することがない。そして最後には死を選ぶ。そうした虚無感を緻密な心理描写と構成で浮き彫りにした。1958年に「中央公論」に連載開始、61年に刊行された。ちなみに「俘虜記」刊行が48年、「野火」が52年だった。大岡は戦場文学から60年安保には向かわず、虚飾と虚無の世界の中で自死した一人の女性の生きざまにまなざしを向けたのである(「レイテ戦記」の「中央公論」連載は6769年)。

 大岡が、戦争体験から政治的変革の方向へ向かわず、市井の一女性の内面へと向かった軌跡は一見不思議であるが、考えてみればこちらのほうが「戦後」の心象風景の主流ではなかったか。あるいは、逆説的に言えば「花影」で描かれた虚無感と断念こそが、戦後日本を経済大国へと突進させた原動力ではなかったか。

 「花影」にはこんな会話がある。

 「死んじゃいけないよ」と松崎はいった。

 「ううん、あたし死ぬわよ。それは、きまっているの」

 「ばかはおよし。桜はまだ咲いている。来週また来るから、それまでは、死なないと約束してくれないか」

 「松崎」は大岡自身の投影である。

 「花影」の解説で小谷野敦は、芸術院会員に推薦された大岡が捕虜となった過去をあげて辞退したことに触れている。社会と一線を画して安んじることへの拒絶が透けて見え、興味深い。背後にあるのは戦場の死者たちとの黙契である。虚無に彩られたはかなさへの共感と、死んでいった者たちの視線を背負い込んだ怒り。ここに小説家大岡昇平の肖像がある。

大岡昇平: 文学の軌跡

大岡昇平: 文学の軌跡

  • 作者: 川西 政明
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2016/12/19
  • メディア: 単行本
花影 (講談社文芸文庫)

花影 (講談社文芸文庫)

  • 作者: 大岡 昇平
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/05/11
  • メディア: 文庫



戦後思想のかたちを変える作品~濫読日記 [濫読日記]

戦後思想のかたちを変える作品~濫読日記

 

「東京プリズン」(赤坂真理著)

 

 15歳の時、母のある考えで米国の高校に通うことになったマリ。米国メイン州の片田舎で1級遅れの9年生として通う中で言語や文化の壁と格闘する。16歳になったある日、1級遅れを解消するための課題が学校側から提示される。「天皇の戦争責任」について、ディベートの口火を切るスピーチをせよというものだった。「天皇の戦争責任」どころか「戦争」のことなど考えたこともなかったマリは、学習を進めるうち、何も知らなかった、あるいは知らされてこなかったことに愕然とする。

 ディベート本番では、天皇の戦争責任を認める側の立論を担当させられる。天皇は、日本人にとって「神」の存在であったということがきちんと説明できない。日本人は、天皇は神ではないと分かっていたのに神だと信じているふりをしていただけだと相手に突っ込まれ、うなずいてしまう。キリスト教的神との違いも明らかにはできず、聞き手の反感を買う。戦犯に付けられたA級、B級、C級は種別であってランクではないということも逆に教えられたりする。

 真珠湾攻撃はだまし討ちか、南京大虐殺の責任は誰にあるのか、七三一部隊をどう見るのか、「皇軍」がアジアで行った残虐行為の責任は、そもそも、「降伏」したのは天皇なのか…。こうした応酬ののち、ディベートは最終弁論に向かう。マリが唱えたのはTENNOU論である。コンパスで円を描く。しかし、コンパスの針の先が円の中心ではない。円の中心には何もない。そこは虚無なのです。そこは何でもどこでもない。しかし「中心の虚無」がなければ円は生まれない…。

 担当の教師は「理解できない」という。会場は静まり返る。沈黙を破って拍手が巻き起こる。極めて日本的なTENNOU論の展開と、極めてアメリカ的な反応。

 おそらく、テーマとしては小説から最も遠くにあるものを引き寄せ、国境、世代、登場人物の視線を自由に行きかうという最も小説的手法でテーマに具体性を与えた。それは「戦後」のトレースにとどまらず、戦後思想を見直すことでそのかたちを変えるほどのインパクトを持つ。

 池澤夏樹が解説で書いている。「読み終わった時、戦後史について、日本という国の精神誌について、自分の中に新しい像が生まれていることに気づく。そして感心するのだ、小説にはこんなこともできるのかと」

 

東京プリズン (河出文庫)

東京プリズン (河出文庫)

  • 作者: 赤坂 真理
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2014/07/08
  • メディア: 文庫

都市こそが事件の引き金を引いた~濫読日記 [濫読日記]

都市こそが事件の引き金を引いた~濫読日記

 

「まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学」(見田宗介著)

 

 「永山則夫 封印された鑑定記録」(堀川惠子著、岩波書店)に以下のような記述がある。

 「〝連続射殺魔〟は、あらゆる人間関係の磁場からはじき出され、孤立していた。少なくとも逮捕されるその日まで、彼にまなざしを注いだ人間は誰もいない。(略)彼は、どこにいなかった。いることができなかったからこそ、事件は起きた」。

 北海道で極貧生活を送り、東京に出て集団就職し、夢破れて犯罪に走る。永山に対する判決は、「貧困と無知による凶悪犯罪」として一審死刑、二審無期、最高裁差し戻し(死刑)という経過をたどった。堀川は永山の生い立ちに寄り添い、過酷な幼少期の生活がどんな影響を与えたかを、彼自身への100時間に及ぶ聞き取りテープを再現する中で探求した。これはこれで力技である。永山が、家郷と都市によって二重にはじき出されたことが明らかにされた。

 永山が事件を起こした196869年から数年後の1973年に雑誌「展望」に掲載された見田の「まなざしの地獄」は、疎外と無関心の果ての連続殺人という事件の文脈を、堀川のように永山(見田はN・Nと表記、以下これに従う)の側(あるいはN・Nの内面の側)からではなく、都市の側からとらえ直した。

 例えば、こういうことだ。

 N・Nは、北海道から東京へ「金の卵」として流入する。高度経済成長期の日本が若年労働者を求めたためだ。ちなみにN・Nが上京した1965年の全国の中学卒業者に対する求人倍率は3.72だった。しかし、ここで使われた「金の卵」とは、都会に流入した若者の「実存」に対する形容詞ではなく、中小企業の経営者たちが彼らに向けた「まなざし」だった。

 N・Nは最初の職場で「熱心な若者」だったという。貧困にまみれた家郷への嫌悪が都会へと向かわせ、そこに自己解放の夢を託したのであろう。しかし、雇い主にとってそれは不要であるばかりか腹立たしいものだった。家畜のように黙って働いてくれればよかったのだ。こうしてN・Nは上京から6カ月、フルーツパーラーを些細な理由でやめていく。それは、都会との関係の希薄さを表すと同時に、自己の内面と他者との了解の困難さをも表していた。

 このことはしかし、N・Nに自由をではなく、呪縛をもたらした。見田の表現を使えば「都市の他者たちのまなざしの囚人(とらわれびと)であった」。見田は、堀川が言うように「まなざしの欠如」がN・Nを犯行に走らせたのではなく、都市の「まなざし」こそがN・Nの内面に重圧を与え変形させたのだという。

 ここでいう「まなざし」とは何か。N・Nが幼いころ顔に負った傷、戸籍の出身地が網走であること、そして貧困…。N・Nはそのことへの他者へのまなざしにとらわれる。身の周りのものへの高級品志向、「進学」への執念。それらは、求めれば求めるほど「地獄」となってのしかかる。見田が指摘するように、都会の金持ちの息子たちは無造作な格好で、N・Nは背広にネクタイというばりっとした格好で銀座を歩く。貧乏くさいのはN・Nの方なのである。

 見田はここで、サルトルによる「ボヘミヤで栄えた商売」のエピソードを紹介する。とらえた子供の頭蓋骨を圧縮し昼夜箱の中に閉じ込めて成長を妨げ、怪物を作り上げた、という商売のことである。

 N・Nの起こした事件は、一つの極端な事例である。しかし、ここで「まなざし」という装置を使うことで見田は見事にある時代の都市の普遍的な姿を浮かび上がらせた。

 では、今の時代にこの「まなざし」は、個人にどのように作用しているのであろうか。ここで私たちの記憶の底から立ち上がるのは14歳少年によって起こされた神戸の連続殺傷事件(1997年)である。彼は犯行声明の中で自らを「透明な存在」といった。都市のまなざしにとらえられない存在と自己規定したのである。彼にとってはそのことが地獄であり、それゆえに彼は「透明な存在」から脱すべく犯行に走ったと思われる。このことは、この著書の解説で大澤真行も触れている。N・Nの事件から30年近くを経て、「まなざしの地獄」は「まなざしの不在の地獄」へと陰画のように反転したのである。

 河出書房新社、1200円=税別。

まなざしの地獄

まなざしの地獄

  • 作者: 見田 宗介
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2008/11/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



戦後思想をきちんととらえるには~濫読日記 [濫読日記]

戦後思想をきちんととらえるには~濫読日記

 

「さらば、民主主義 憲法と日本を問い直す」(佐伯啓思著)

 

 安倍一強独裁の昨今の政治を見ると、何とかならないかと思う。しかし、考えてみればこの政権、我々の投票結果を受けてできた。嫌ならこうした政権ができないような投票行動をすればいい。しかし、なかなかそうはならない。なぜだろうか。あるいは、米国でトランプという異形の大統領が生まれた。これは民主主義の危機だろうか。あるいは民主主義だからこそ生まれた大統領だろうか。

 こうした疑問の背景を探ったのが、この書である。その結果、これまで当然とされてきた概念が、懐疑の対象とされる。民主主義はいつも正しい結果を生む、という前提でいいのか。そもそも民主主義は「主義」なのか「体制」なのか。自由主義と民主主義は同列なのか。議会主義と民主主義は。欧米では一般的に語られる共和主義はなぜ日本で語られないか。共和主義の前提である「公共」の概念は、欧米と日本で共通のものなのか。なぜ日本で「公共」は重んじられないか。

 答えはここで書くより読んでいただくほうが早いだろう。

 こうした基本概念へ洞察は、必然的に戦後民主主義といわれてきたものへの懐疑へと向かう。戦後思想はアジア・太平洋戦争への反省から民主主義、護憲主義、平和主義を三位一体とした。それは正しかったのか。民主主義(民主体制)は民を重んじることであるから、そのまま平和主義へと結びつくものではない。護憲主義は戦後思想の基軸の一つであったが、そもそも戦後憲法が生まれるに至った主権の問題がある。これをどう解決するかは、今なお大きな問題である…。著者はこうして、戦後思想を外側から見る。もちろんそれはあるべき姿であろう。戦後思想(戦後体制)をアプリオリに善ととらえる思考からは、未来は必ずしも見えてはこない。

 興味深いのは「公共」に対する考察である。著者は、近代国家論の源流である英国では王権と議会が支配・被支配の関係にあり、そこから王権=私的権力、議会=公共という概念が生まれたとする。しかし、日本では必ずしも天皇が支配者として存在しなかったため、英国のような王権と対峙する「公共」の概念が生まれなかった。日本ではイエ(=ヤケ)が積み重なり、オオヤケの概念に結び付いたとする。オオヤケとは天皇で、それ以外はすべて私的なものという理解である(江戸時代の幕府は公儀、つまり公の代行者)。ここでは、公と私が水平ではなく垂直の関係にある。

 歴史的には、オオヤケに対するこの説明はよく分かる。しかし、今日の日本的「公共」に対する説明としては通用するだろうか。戦後70余年たつ。短い時間ではない。その間に作られた「公共」の概念はないだろうか。たしかに、欧米に比べ「公共」への意識は薄いが、だからといって無視できるほど軽くもない。例えば「自由な言論空間」は、公共空間へのリスペクトがなければ成り立ちにくい。私的な「イエ」の積み重なりの頂点に「オオヤケ」があるとする発想は、そのまま現代に適用するとすれば危険である(もちろん、著者がそう思っているとは思わないが)。

 護憲派と呼ばれる人たちのように戦後を一面的に肯定、擁護するのでもなく、あるいは安倍晋三首相のように戦後を一面的に否定、無化するのでもなく、戦後をきちんととらえ直す、という意味で、刺激的かつ価値ある一冊である。

 朝日新書。760円(税別)。


さらば、民主主義 憲法と日本社会を問いなおす (朝日新書)

さらば、民主主義 憲法と日本社会を問いなおす (朝日新書)

  • 作者: 佐伯啓思
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2017/05/12
  • メディア: 新書
 

いつのころからか「青年」がいなくなった~濫読日記 [濫読日記]

いつのころからか「青年」がいなくなった~濫読日記

 

「青年の主張 まなざしのメディア史」(佐藤卓己著)

 

 そういえば、かつて「青年の主張」というのがあった。「成人の日」のころ全国大会があり、NHKが放映していた。この書の巻末資料によると、1954年に第1回があり、途中で「青春メッセージ」と改題して2005年まで続いたらしい。最初はおそらくラジオだったのだろうが、そこまでの記憶はさすがにない。働く青年を中心に(そういう人ばかりでもないだろうが)生真面目なテーマを生真面目に語るという印象が強い。弁論調というのだろうか、日常的にはあり得ないトーンで話す、という印象がある。といってもじっくり見聞きした記憶がないので、この印象が正確かどうかは分からない。

 こんな具合だから、どんな人が見ていたのかは、よく分からない。見ていたのは、おそらく同世代の人ではなかっただろう。このあたりが、この書の副題に関わってくる。いいかえれば、「青年の主張」を取り上げるとして、それをどのようなアプローチでとらえるか、である。「青年の主張」に登場した人たちの人生模様を追うノンフィクションもあるだろう。しかし、著者は「まなざし」「メディア」の二つの言葉でとらえる。つまり、この番組を見ていたのは旧世代であり、番組を支えたのは彼らの「まなざし」であったとまず規定する。ここに登場する人たちは彼らの眼鏡にかなった人物群だったということである。

 時代はやがて60年代に入り、叛乱の時代を迎える。「戦後史」といえば、60年安保とか大学闘争とか全共闘とか、叛乱する学生が取り上げられるが、この時代、圧倒的に多かったのは大学に行った層ではなく、大学に行かずに働いていた層である。彼らが、旧世代の「まなざし」の中で何を語ったか。それをメディアの潮流の一つとして掘り下げたのが、この書だといえる。

 形を変えながらも半世紀続いたこの番組を、著者は、法律でいえば逐条解説のように毎回を取り上げていく。したがって、資料を含めた全体は500㌻に近く、かなりのボリュームである。

 その中から、いくつかの印象に残ったエピソードを取り上げる。

 番組と並走しながら、「青年の主張」を取り上げたいくつかの雑誌がある。「人生雑誌」とも呼ぶべき雑誌である。その一つは「弁論」と後継誌「若い広場」である。計5回の全国大会スピーチのほぼすべてを収録した。大学闘争が燃え盛った1968年4月号には、痛烈な批判文が載った。後に編集部が書いたものと判明するが、そこでは「おとな達の顔色をうかがって動き回る」「猿回しの猿」と痛罵している。保守的な「青年の主張」翼賛メディアとみられた同誌が、急激に左旋回した。196912月号で終刊となるが、表紙はヘルメット姿の学生の写真だった。

 1963年の第10回大会には高校生だった重信房子が東京大会の3位に入った。後に赤軍派幹部として世界を飛び回った女性である。もし彼女が全国大会に出て優勝でもしていれば、と思うのは著者ならずとも興味深い思考実験である。全く違った道があったかもしれない。旧世代への反逆の象徴ともいえる彼女が、旧世代の「まなざし」の中で高評価を受けていたことが興味深い。

 東大安田講堂攻防戦の直前に行われた第15回全国大会では、1位は北海道から上京した勤労青年、2位は農業と生きる女性、3位は敬老精神の訴えだった。当時の全共闘運動に対するカウンターオピニオンである。著者は、1968年の大学在学者が全体の2割弱であり、ある新聞社の調査では「過激派を含む革新系集団」がうち2割強だったとしている。つまり、全共闘にかかわったのは多くても4%であり、世代の圧倒的多数は集団就職組だった。圧倒的多数を代弁したのは「異議申し立て」ではなく「青年の主張」のほうだったのである。

 2000年に入るころだろうか。「青年」という言葉が世の中から消えた。代わって「若者」という言葉が台頭した。青年は世の大人たちの「まなざし」の中で生きる存在だが、若者はむしろ、そのまなざしの外側で生きることを望む存在に思える。あるいは、荻野アンナがこの書でいうように「無責任な『少年』で押せるだけ押して後は一挙にオッサンになる」のである。どちらにしても「青年」は消えた。こうして「青年の主張」「青春メッセージ」は途絶えたのである。

 河出書房新社、1800円(税別)。



青年の主張:まなざしのメディア史 (河出ブックス)

青年の主張:まなざしのメディア史 (河出ブックス)

  • 作者: 佐藤卓己
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2017/01/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

ある誠実な作家の生と死~濫読日記 [濫読日記]

ある誠実な作家の生と死~濫読日記

 

「戦場で書く 火野葦平と従軍作家たち」(渡辺考著)

 

 五十嵐恵邦著「敗戦と戦後の間で 遅れて帰りし者たち」は五味川純平の「人間の條件」を取り上げる中で、主人公の梶上等兵が祖国に帰還しないまま中国東北部の雪原で死んでいったことに触れ「とうとうダイダンエンか」とつぶやいた臼井吉見の読後感を紹介している。「人間の條件」は、敗戦から2年遅れて中国から帰国した五味川が、良心の戦士ともいうべき梶上等兵を作り上げ、中国戦線を生き直した小説である。もちろん、そうしなければ戦後を生きられないと五味川自身が直感したからであろう。しかし、小説の中の梶は、臼井が感じたように、戦後日本に生き残ることを許されなかった。そのことは、戦後日本に生きのびた者たちの「了解事項」であった。梶という五味川の分身を中国の雪原に埋もれさせることで日本人の戦争体験もまた中国の雪原の下、永久凍土に埋もれたのである。そのことを臼井は語っている。

 しかし、「敗戦と戦後の間」で、断絶を断絶としない努力をした作家がいた。火野葦平である。偶然の積み重なりによって中国戦線のルポルタージュを書くことを軍部に求められ、従軍作家として「土と兵隊」「麦と兵隊」「花と兵隊」などを残した。それらは高揚感に沸く日本国内でもてはやされ、火野は一躍流行作家となった。戦後は一転して、戦犯作家として罵声を浴びせられる。

 戦後の日本では、戦場から逃げ出すような兵士の話が「反戦小説」として持ち上げられ、その分、兵士としても作家としても任務を忠実にこなそうとした火野には「あんたに騙されて戦こうたようなもんじゃ」と非難が浴びせられる。戦中・敗戦から戦後へと向かう中で多くの人間はコートでも着替えるように思考のスタイルを変えたのである。

 公職追放が解け、火野は半自伝的小説「革命前夜」を1959年に「中央公論」でスタートさせる。舞台は敗戦からの1年9カ月。火野はここで、従軍作家だった自らを被告席に立たせた。それだけではない。火野は従軍メモを元に、戦中に書いた小説の書き直し作業を進めていた。そこには、軍から削除を命じられた箇所、あるいは、初めから通らないとわかっていて書かなかった箇所が書き加えられた。中国人虐殺のもようも、その中にあった。

 火野は19601月、遺書を残して睡眠薬自殺した。「革命前夜」を書き終えてのことである。 

 権力に踊らされたとはいえ、火野は、いったんは自らの手を離れ、世に受け入れられたいくつかの作品について、かさぶたでもはがすように事実と事実でないことを峻別し「完璧なもの」を目指して書き直した。火野にとって戦後も「戦争」は終わっていなかったのである。これほどの「自己変革」を自らに課した日本人がほかにいただろうか。そして、戦争はまぎれもなく一人の誠実で有能な作家を踏みつぶした。

 著者はNHKのディレクター。「従軍作家たちの戦争」や「戦場で書く―火野葦平の戦争」などの番組を手掛けた。丹念な調査に感嘆する。NHK出版、1900円。

戦場で書く 火野葦平と従軍作家たち

戦場で書く 火野葦平と従軍作家たち

  • 作者: 渡辺 考
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2015/10/09
  • メディア: 単行本

 


薫り高く精緻な世界~濫読日記 [濫読日記]

薫り高く精緻な世界~濫読日記

 

「地下道の鳩 ジョン・ル・カレ回想録」(ジョン・ル・カレ著)

 

 出世作「寒い国から帰ってきたスパイ」以来、「スマイリー」三部作や「リトル・ドラマー・ガール」、最近では「誰よりも狙われた男」で注目されるジョン・ル・カレ。1931年生まれだから、既に80代の後半である。老境のカレが過去を振り返り、いくつかのエピソードをまとめた。

 タイトルからしてミステリアスである。自身のスパイミステリー並みにさぞやなぞ解きの仕掛けが凝らされているかと思えば、意外にも「序」の部分で解題がなされていた。ショットガンを楽しむ人たちのための仕掛けに由来するという。しかし、末尾には謎が込められた1行。「一筋縄ではいかない」という思いが立ち上る。

 作品にまつわる裏話、人生の一コマの回想、MI5、MI6とのかかわり、詐欺師だった父親のこと…。そして、作品の映画化の中で見たリチャード・バートンやアレック・ギネスの横顔。すべてが具体的なシーンのつながりの中で語られている。それらをレビューすることは、意味のないことだろう。なぜなら、ここに収められた数々のエピソードこそ、自身による人生のレビューだからだ。それを、拙い我が筆で繰り返すことにどんな意味があるだろう。

 ただ、ここでは、次の一文を紹介しておこう。

 ――本書に記すのは記憶に基づく真実だ。(略)作家にとって事実とは原材料であり、親方ではなく、彼の使う道具を指す。(略)もし本物の真実というものがあるとすれば、それは事実の中にではなく、物事の機微の中にある。かつて純粋な記憶などというものが存在しただろうか。(略)純粋な記憶というのは濡れた石鹸のようにつかみどころがない。少なくとも、生涯を通じて経験と想像を混ぜ合わせてきた私にとっては、そうだ。

 詐欺師の父親のことを回想した章では、こう書く。

 ――(自叙伝を書くために雇った探偵に)私は嘘つきだとも説明した。生来嘘つきで、嘘をつくようにしつけられ、嘘で生計を立てる業界で訓練され、小説家として嘘の中で生きている。フィクション作家になって何種類もの自己を作り出した。それらは実在するとしても、決して本物ではない。

 カレによるカレの世界がここにある。

 上質のスコッチのように薫り高く精緻な世界がここにある。

 早川書房、2500円=税別。

地下道の鳩: ジョン・ル・カレ回想録

地下道の鳩: ジョン・ル・カレ回想録

  • 作者: ジョン・ル・カレ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/03/09
  • メディア: 単行本

 


興味尽きないその歴史~濫読日記 [濫読日記]

興味尽きないその歴史~濫読日記


 
「日本ノンフィクション史」(武田徹著)

日本ノンフィクション史.jpg  副題に「ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで」とある。「ルポ」といえば戦時中、いわゆる文士による「従軍記」が存在した。あれは本来の意味でのルポルタージュだったのか。そのあたりから、この「日本ノンフィクション史」は語り起こされる。むろん、かつての「従軍記」は、後年に火野葦平自身が語っているように軍部によるさまざまな制限の中で書かれたものであった。事実の一面だけを書く、という極めて不幸な側面を持つが、それでも堀田善衛が指摘するように、ルポルタージュを生んだ最大のものは戦争と革命だった。
 戦争が終わってみると、日本では翻訳されなかったためほとんど知られなかったが、ジョン・リードの「世界を揺るがした10日間」というルポルタージュの傑作が1919年に書かれていたことが広く知られる。そんな中で「猿取哲」のペンネームを持つ大宅壮一が台頭する。彼は戦後左翼思想に染まらぬ「無思想人宣言」のもと、新たなルポルタージュを模索する。平行して週刊誌メディアが隆盛を極める。背景には新中間層の拡張と伸展があった。
 ここで出てきたのが梶山季之、草柳大蔵に代表される「トップ屋」である。この呼称、実は週刊朝日を率いた扇谷正造の作だという。新聞社系の週刊誌は主に新聞記者によって書かれる。それに対して出版社系週刊誌の記事はフリーのライター(アンカーマン)やデータマンによってつくられる。こうした記事が相次いでヒットしたため「羨望とやっかみ、そして軽蔑の入り混じった呼称」(武田)だった。
 テレビ界の動きにも触れている。意外にも「ノンフィクション」を最初に使ったのはテレビ界だと、武田は言う。日本テレビ系「ノンフィクション劇場」がそれである。映像系メディアではもともと「ドキュメンタリー」が使われてきた。しかし、エイゼンシュタインのモンタージュ技法以来、この言葉にはある種の色がついてきた。特定の思想、あるいはプロパガンダとの結びつきが類推され、そこからあえて「ドキュメンタリー」を避け「ノンフィクション」をかぶせたということらしい。
 そして「ノンフィクション」である。武田はここで「ノンフィクション」か「ノン・フィクション」かにこだわる。「フィクション」に「ノン」ということで成り立つジャンルなのか、「ノンフィクション」という独立した分野なのか、という問いである。大まかに言えば、おそらく「ノン・フィクション」から出発しながら「ノンフィクション」に到達した、と理解するのが正しいだろう。もちろん、ここで沢木耕太郎の存在が大きい。沢木によってノンフィクションはひとつの頂点に達したといっていい。小説と見まがうばかりの「物語性」をノンフィクションは獲得した。しかし、沢木自身の次のような言葉によれば、このことはいささか危うい側面を持つ。「こうして出来上がったノンフィクションは、小説とどう違うのかと聞かれると、ちょっと返す言葉がなくなる」。いいかえればニュージャーナリズムで語られたノンフィクションは「閉じられたノンフィクション」であった、これをどう「開かれたノンフィクション」にするか。武田はここでリテラリー・ジャーナリズム、もしくはアカデミック・ジャーナリズムの道は用意できないか、と指摘する。
 書の内容に沿って「ノンフィクション」をめぐる歴史を簡単に振り返ってみると、こうした著作がなぜ今までなかったのだろうか、という思いがあらためてする。しかし、読んでいくうち「ノンフィクション」という言葉自体が極めて危ういものであることが分かる。ジャーナリズム、ルポルタージュ、ドキュメンタリーのなかでノンフィクションはどう位置付けられるのか。「ノンフィクション」とは何か。事実を書けばノンフィクションになるのか。事実の向こうに真実はあるのか。そういう思いが湧き出す。
 手元に資料がなく、この部分はあいまいな記憶に頼って書くのだが、かつて鎌田慧と草柳大蔵による「トヨタ」をめぐる論争があった。鎌田には「自動車絶望工場」、草柳には「現代王国論」がある。ともにトヨタを取り上げた。草柳は、最新鋭の設備によって食事が提供される社員寮を書いた。鎌田はそれに、実際に食してうまいかどうかを確かめたのか、と批判していたように思う。これは、実は深い意味を持っている。「ルポは見たり聞いたり、触れてみたりしたものでなければ書けないのか」という問題である。一方で鎌田の「自動車―」には「潜入ルポ」と揶揄する声があり、鎌田自身、当惑したことをある著作で書いていた。こうしたことは、ノンフィクション史の中でどう位置付けられるのだろうか。
 著者はこの書を書くのに7年を費やしたと「おわりに」で触れている。たとえば、鎌田慧のほかにも立花隆はどう位置付けるのか。書の中であまり触れられていない新聞社系のライター、上前淳一郎や本田靖春をどうとらえるのか。興味は尽きない。
 中公新書、880円。

日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)

日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)

  • 作者: 武田 徹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/03/21
  • メディア: 新書


ジャーナリズムの本筋を行く~濫読日記 [濫読日記]

ジャーナリズムの本筋を行く~濫読日記

 「日本会議の研究」(菅野完著)

日本会議の研究.jpg 「籠池騒動」がテレビのワイドショーを賑わせている。いち小学校の不透明な設立経緯に端を発し、渦中の籠池泰典氏の、幼稚園児に教育勅語を暗唱させるなどユニークな教育方針がテレビ・バラエティの波長にピタリはまった感があり、そこに「私と妻がかかわっていたら議員も首相もやめる」という安倍晋三首相の無防備な発言(裏側にあるのは、長年「一強」といわれ続けたことからくる傲慢さ)が重なって、着地点が見えない。国有財産の恣意的な処分という疑惑が本筋にあって無視はできないのだが所詮、小学校の設立をめぐる疑惑というフレーム自体は揺るぎそうにない。行きつくところまで行けば下火になるであろう、ぐらいの感覚で眺めている。
 しかし、騒動の周辺で何やら薄気味悪いものが見え隠れする。「瑞穂の国」を名前にかぶせたうさん臭い小学校建設に、なぜ安倍首相夫人はこんなにも無防備に手を貸したのか。とっくに葬り去られたはずの「教育勅語」を、なぜ稲田朋美防衛相はわが身を顧みず?擁護するのか。天皇が教育方針に訓を垂れ、かつ国家と天皇のために命を捨てろというのが憲法違反でないという理屈は、どこをどう押したら出てくるのだろうか。稲田答弁は明白な憲法擁護義務違反であるし、教育勅語を教育現場で使うことを否定しないという閣議決定もまた、憲法擁護義務違反である。こんなことがまかり通る世情は、いつの間に醸成されたのだろうか。
 そんなことをつらつら思っていたら、ある人物が籠池さんの周辺から出てきた。著述業・菅野完氏である。その著作「日本会議の研究」は、一度読んでみなければ、と思いつつ時間が取れないまま「積読」状態にあった。ここにきてようやく、この一冊は情況と交錯した。「日本会議」こそが、今日の薄気味悪い世情の底流をなすものではないか。
 日本会議もだが、菅野氏自身、極めて興味深い足跡である。もともと「左」の活動家であったが転向し、米国の大学を出て一般サラリーマンをやりながら、著述業に足を踏み入れたといわれる。菅野氏が「日本会議の研究」を書くに至ったこうした経緯は、一応頭に入れて読んだほうがいい。つまり、大手メディアの書き手のようにきちんとした取材体制や協力者を得ながら書かれたものでない、ということである。それは別段、菅野氏を貶めるために言っているのではない。「はじめに」で本人も言っているように、通読すれば読みづらいところが各所にある。しかし、それはコツコツと独力で書き溜めた末のことだと思われる。変につるりとしているより、ごつごつざらざらとした触感にこそ、この著作の価値がある。
 そうした「手作業」感がにじむ本書はしかし、「日本会議」というこれまで誰も足を踏み入れることのなかった草の根保守の実体に極めて肉薄しているように思う。全共闘運動が吹き荒れた1970年ごろの長崎大で展開された保守による奪還闘争に日本会議の源流を見、思想的バックボーンとして「生長の家」があったことを浮き彫りにしたあたりは、ジャーナリズムの本筋を行く感がある。安東巌という一人のイデオローグに行きついたあたり、圧巻の筆の冴えである。
 今日、牙を抜かれた大手メディアが「バラエティショー」の枠組みの中で「籠池騒動」をとらえる中、こんな骨のあるジャーナリストが「在野」に潜んでいる。なんとも皮肉なことである。
 扶桑社新書、800円(税別)。

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議の研究 (扶桑社新書)

  • 作者: 菅野 完
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2016/04/30
  • メディア: 新書

 


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