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強まる翼賛体質~加計学園問題を考える [社会時評]

強まる翼賛体質~加計学園問題を考える

 

◆再リーク恐れた政権

A)加計学園問題が大詰め局面に入った。6月16日には、半日だけにせよ安倍晋三政権は参院予算委を開かざるを得なかった。

B)その前に、民進党が国会で提示した文科省の内部文書が、全部ではないが存在が確認された。これを受けて内閣府も内部調査を行い、結果を発表した。内閣府の方はたった半日の調査だ。

C)当初から予想されたことだが、「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」といったことを文科省調査で追認せざるを得なくなり、それらを全面否定するための調査が内閣府側で必要になったということ。文科省と内閣府で明らかになった事実を突き合わせ、どこに真実があるかといった姿勢には程遠い。「両者の調査が必要だ」という世論を逆手に取った。

A)文科省調査ではこれまで明らかにされてこなかった文書まで公表された。「広域的に」「限り」など獣医学部新設要件を厳しくしたことを手書きで示したメモ(PDFファイル)が内閣府から文科省あてに送られ「指示は藤原(豊・内閣府)審議官曰く、官邸の萩生田(光一・官房)副長官からあったようです」と付記してあった。

B)なぜ、これまで出ていなかった文書まで公表したのか。

A)文科省では既に、加計学園問題での政権の対応に不信感を持つ複数の職員が情報をリークしている。再調査をせざるを得なくなったのもそのためだ。これほど重大な内容のメールをほおかぶりしてもいずれ外部に漏れるという危機感が松野博一・文科相らにあったためだろう。もっとも、再調査を決めたのは官邸だが。

C)政権としては、この手書きメモとメールはつぶすしかなかった。政権の生命線にかかわる。萩生田副長官は「いっさい知らぬ存ぜぬ」で押し通し、国家戦略特区の所管大臣である山本幸三・地方創生相が「自分が指示した」とした。山本担当相・藤原審議官で文科省に指示が行ったのなら正規のルートだ。そうするとメールの発信者は虚偽を言ったことになる。

 

◆官僚をスパイ扱い

A)だから山本地方創生相は、予算委でもひどい答弁をした。メールを発信した課長補佐は文科省からの出向者で「陰で隠れて本省にご注進した、というようなメール」と切り捨てた。まるでスパイ扱いだ。

B)参院予算委で福山哲郎議員も怒っていたが、安倍政権は都合が悪くなると官僚を切る。森友学園問題で、首相夫人付として注目された谷査恵子さんは今夏からイタリア勤務だそうだ。左遷か栄転かは微妙で、ありえないポストではないというが「口封じ」の意味合いは否定できない。国内にいてメディアに取材されることを警戒したのだろう。

C)松本清張の社会派ミステリー以来、政権の闇の部分をかぶらされるのはいつも課長補佐。今回の森友、加計とも同じ構図だ。

A)週刊文春(6.22号)が報じているが、文科省の「総理のご意向」文書を書いたとされる課長補佐が官邸の標的になる可能性がある。

 

◆「産業革命遺産」になぜ松下村塾?

C)週刊朝日(6.23号)では前川喜平・前文科事務次官がいくつかの疑惑に触れている。その中に「明治日本の産業革命遺産」指定の経緯に関して問題があったと語っている。

B)変な「世界遺産」だった。吉田松陰の松下村塾が指定された。なんで?という感じだ。吉田松陰の獄中記「幽囚録」を読むと、北は満州、朝鮮半島、南は台湾、フィリピンを攻めて手に入れよ、と書いている。松陰はアジア侵略思想の先駆者だった。松下村塾の塾生らが明治維新をなし、その後、松陰の精神が近代日本で具現化された。「明治日本の産業革命遺産」指定にアジア各国が反発したが、当然の成り行きだった。

C)明治維新後、スローガンとして「富国強兵」が言われたが、「富国」のための「強兵」か「強兵」のための「富国」かという議論がある。松陰もだが、この議論の延長上に西郷隆盛らもいる。上野の森で子犬を連れているイメージがあるが、西郷にもアジア侵略主義者の側面がある。

A)「世界遺産」の闇も、追及しても真相はつかめないだろう。結局は官僚の忖度で片づけられるのではないか。最悪の場合は官僚が切られる。犠牲者は課長補佐だろう。

B)安倍政権の沖縄に対する居丈高な態度も、松陰に心酔するあまりの偏狭なアジア観に根差しているのかもしれない。

 

◆「お友達」による権力ごり押し

C)内閣府の有識者研究会によると、アベノミクスによる好景気は戦後3番目の長さだそうだ。8月まで好景気が続くと戦後2番目になるという。2、3日前にNHKが報じていた。そんな実感は国民にはない。

A)また内閣府か。有識者メンバーをアベノミクス賛同者ばかりにして、そうした結論を流しているのだろう。どんどん翼賛体質が強まっている。危険な兆候だ。文科省、内閣府調査に第三者さえ入れられない日本の政治体制は、特別検察官によるロシアゲート捜査を行っているアメリカの体制に遠く及ばない。

B)翼賛体制もだが、疑惑はいつも「お友達」による権力ごり押しによって生じている。そういう意味では安倍マフィア体質といっていい。

C)政治の質が低下している。それに比例して国民の頭上には暗雲が垂れ込めている。


「国会」が死んだ日~社会時評 [社会時評]

「国会」が死んだ日~社会時評

 

◆中間報告―本会議採決という愚行

A)いわゆる共謀罪法(改正組織的犯罪処罰法)が6月15日、参院本会議で採決、成立した。委員会審議を中間報告という形ですっとばした異例の強硬策だった。

B)日本の国会は委員会制度をとっている。選挙の結果得た議員の数だけが意味があるのであれば委員会審議は必要ない。しかし、少数政党の意見も聞き、できる限り政策に反映させるため委員会審議も行われなければならない、それでこそ民主主義だという考え方があり、日本の国会もその立場に立つ。

C)とにかく数で押し切ればいい、というのでは「民主主義」そのものの意味を疑わざるを得ない。

B)佐伯啓思さんが最近「さらば、民主主義」という本を出し、民主主義、この言葉自体、「主義」なのかという疑問を呈したうえで、民主主義は必ずしも正しい結果を生むとは限らない、といっている。米国のトランプ大統領の動向を見れば、ますますその感がする。

A)佐伯さんは、民主主義は本来、民主体制と呼ぶべきだという。そのうえで「政治」の原型を生み出した古代ギリシャでは大衆を説得するための「弁論」とともにアリストテレス、プラトンといった哲学者が生まれた。民主政治はポピュリズムを不可避的に抱えるから、本当に正しいことは何かを探るには哲学者が必要だったということだろう。

C)リアルな政治の話に戻れば、与党が委員会採決を避けたかった理由は二つある。一つは、採決の際の混乱ぶりをメディアに繰り返し流されることの世論への影響を懸念した。中でも都議選への影響を憂慮した。もう一つは参院法務委の委員長が公明党であるため、強引な採決を公明が嫌がったことだ。近くある都議選では小池新党と公明が連携していることも事情を複雑にした。そのうえで、もちろん加計学園問題で国会を早く閉じたいという政権の思惑もあった。

 

◆与党議員は何を恐れているのか

A)それにしても、最近の政治は異常だ。霞が関の官僚だけでなく、国会までもが安倍晋三政権に忖度している。なぜ安倍首相がこれほど権力を持つに至ったか。

B)いわゆる三つの支配がある。一つは小選挙区制によって自民党中央が議員の生殺与奪権を握ったこと。一つは内閣人事局の設置によって官僚の人事権を握ったこと。もう一つは読売など一部マスコミをコントロールできるようにしたこと。

C)しかし、これほど異常な政権になれば、自民党内からも批判の声が上がって不思議はないと思う。なぜ静まり返っているのか。

B)石破茂・前地方創生担当相が政権に批判的な発言をしているが、支持が広がらない。それどころか政権による締め付けが強まっていると聞く。

A)民進党を中心にした野党勢力が政権を取るというシナリオは当面、現実性がない。だとしたら自民の良識派が声を上げるべきだ。安倍政権は株式操作による見せかけの経済政策以外に何もしていない。数の力でやっているのは集団的自衛権を盛り込んだ新安保法制、特定機密保護法、そして今回の共謀罪と、国民が望んでいないものばかりだ。

C)いま、加計学園をめぐる安倍政権の対応はおかしい、問題の隠ぺいだと与党内から声を上げれば確実に世論を味方につけ政権を退陣に追い込める。与党にも良識派はいるはずで、彼らはいったい何を恐れているのか。

 

◆メディアは…

B)加計問題をめぐる政権の対応については、さすがにメディアも批判を強めている。6月8日には、複数の文科省職員が「総理のご意向」文書の存在を認めているのに「調査の必要なし」とする菅義偉官房長官に対して記者が食い下がった。

A)日本のメディアも捨てたものではない、と思った。あの会見をきっかけに再調査に応じることになった。

C)あまり報じられていないが、6日にも官房長官と記者の論争があった。そのときの中心は前川前次官の辞任の経緯に関してだった。

A)前川前次官はポストに恋々とした、と官房長官が述べたことに前川氏は真っ向から反論している。会見では出会い系バーに通っていたという報道についても追及があった。

C)前川氏は次官から身を引くことを天下り問題の発覚前から決めていたとさまざまなメディアを通じて発言している。ただ、部下の官僚が内閣人事局に、天下り問題の発覚後も次官はとどまれるか、と技術的な側面から聞いたことはあったかと思う。官房長官はそういうところを取り上げて言っているのでは。出会い系バーについては、官房長官もさすがに文科省のメール問題とは別の問題といわざるを得なかった。

A)山口敬之・元TBS記者の準強姦容疑で逮捕状がもみ消された件。ジャーナリストの上杉隆氏が注目の発言をしている。逮捕状が出た後、官邸がアンカーマン岸井成格氏らの降板をTBSに求め取引したという。少なくとも事件の経過と降板前後の事実を突き合わせると矛盾はない。事実ならメディアに対する卑劣な弾圧といわざるを得ない。

 

◆「法の枠内」ならいいのか

A)義家弘介・文科副大臣が6月13日、参院農水委で、「総理のご意向」内部文書の存在を認めた文科省職員に対して恫喝ともとれる答弁をした。公にされていない行政運営プロセスについて外部に漏らせば、それが違法なものでない限り国家公務員法の守秘義務違反にあたるという。「一般論」と断っているが、明らかな恫喝であり官僚は委縮する。

B)官房長官はよく「我が国は法治国家」とか「法に従って適正に処理」とかいう。集団的自衛権を合憲だといったり、だれも説明できない共謀罪を無理やり成立させたり、歴史上例を見ないほど無法の限りを尽くす安倍政権のスポークスマンがそんなことを言う。

C)丸山真男は「軍国支配者の精神形態」で、日本ファシズムの矮小性について「既成事実への屈服」と「権限への逃避」を挙げた。「既成事実」とはもちろん戦争のことで「起こってしまったものは仕方ない」、つまり「止められない」ということ、「権限への逃避」は、自分は与えられた仕事を手続きに従って処理しているだけ、ということだったと、東京裁判での武藤章陸軍軍務局長尋問調書などを引きながら結論付けた。官房長官や官僚、与党議員らの発言はこれに重なる。安倍政権という既成事実に盲目的に従い、権限への逃避というタコツボ思考に逃げ込む。全体を見て責任を取ろうという人間は現れない。辛うじて前川さんが例外だったのかもしれない。

B)ユダヤ人として強制連行された経験を持つハンナ・アーレントはイエルサレムでのアイヒマン裁判の傍聴記を「ザ・ニューヨーカー」誌に寄せ、アイヒマンを痩せた近視の、自制心を保つことにきゅうきゅうとした小心な男と描写し、彼はただ法に忠実に従っただけとして収容所体験を持つユダヤ人らのセンセーショナルな反感を呼んだ。アーレントが言いたかったのは、戦争やファシズムは悪魔のような心を持つ人間によってではなく、法を守る小心な人間によって遂行されるということだった。

A)ファシズムとは秩序だったまとまりのなさであり、特定の哲学を持たないといったのはウンベルト・エーコだが、今の政権や霞が関の動きを見るとそういったことを連想させる。

B)日本には、天皇をブラックホール装置にして巨大な忖度が権力中枢で渦巻き、だれも理解できない戦争に突入した歴史がある。そうしたことがまるで反省も理解もされないまま今日の状況が突き進むのはとても危険だ。おそらく、戦争はこんな風にしてまた始まるんだろうな、と実感させられる。

A)最初のテーマに戻るが、官邸の「ご意向」に沿って国会の機能が停止するという状況は、全権委任法下のナチスを思わせる。安倍首相個人のスキャンダルともいえる加計学園問題の火消しのために、共謀罪という全国民の災厄ともいえる法律が強行突破的に成立させられている。

B)日本版全権委任法である緊急事態法は日本ではまだないが、既に実態としては同じ状況が生まれているということではないか。

 


安倍政権並み、メディアの体たらく~社会時評 [社会時評]

安倍政権並み、メディアの体たらく~社会時評


内調とつながる「ジャーナリスト」 

A)このところ、メディアのだらしさが目立つ。

B)ひとりの女性が5月29日、検察審査会に不服申し立てをし、その後会見した。準強姦罪の被害者としての訴えだったが、顔も出して覚悟の会見だった。相手は元TBSの山口敬之という記者だ。

C)この件は週刊新潮5月18日号、25日号で詳しく報じている。注目すべきは、新潮の取材を知った山口がすぐ内調幹部に相談していることだ。つまり、山口は自らの下半身のことも含め政権、特に内調とツーカーだったことになる。

B)新潮がかぎつけたことで山口も動揺したんだろう。新潮から来たメールを内調幹部に送ろうとして、誤って新潮に返信してしまったらしい。それで山口と内調の関係が新潮にばれた。新潮は、山口の逮捕状をもみ消したのは菅義偉官房長官の右腕である警察官僚だと報じている。

A)山口は一時、安倍晋三首相を最も知る男としてテレビでもてはやされたが、少なくともジャーナリストとしてはこれで終わりだ。彼の言動は内調にコントロールされていると見るのが常識になるからだ。

C)先の女性、仮にS・Iさんとすると、彼女は米国の大学を出て外国通信社にインターンの扱いで働いていたが、日本のメディアに就職したくて、当時ワシントン支局長だった山口を頼ったらしい。こういうケースは時々あるが、自分の立場を利用した悪辣な手口だ。


「正義」が通らない社会
A)S・Iさんのような「個人の反乱」がこのところ相次いでいる。

B)それは、見るに見かねて、堪忍袋の緒が切れて、ということだろう。森友学園の籠池泰典理事長、加計学園疑惑での前川喜平・文科省事務次官…。普通ならメディアが社会正義の体現者、あるいは代弁者になるはずだが、それがないからだ。本来、こうした人々が顔をさらす前に、メディアが彼らの人権に配慮しながら正義を押し通さないといけないが、今の時代はそれがない。

C)前川さんはあれだけの覚悟で会見したが、官邸は黙殺する構えだ。それどころか、まるで関係ない出会い系バーの話を持ち出して、人格攻撃をしている。

A)元通産(経産)官僚だった古賀茂明さんは、前川さんは平成の浅野内匠頭だといっている。松の廊下で吉良上野介に切りつけた。仇を討つ四十七士よ出て来い、というわけだ。しかし、今のところ文科省内はみんな口をつぐんでいるようだ。

B)かつて外務省機密漏えい事件というのがあり、日米密約が暴露されたが、当時の佐藤栄作政権は記者と外務省職員の不倫の事実を持ち出して裁判にも勝訴した。「情を通じ…」という判決の一言が、日米密約を暴くという正義の行為を吹き飛ばしてしまった。今回の人格攻撃の背景には、その成功体験があるのだろう。

A)文科省の官僚だった寺脇研さんが、今のメディアはひどいとツイートしている。ある全国紙からコメントを求められて応じたところ、没にされたらしい。そのコメントも載せてあったが、どこが問題なのか分からない。強いてあげれば「今の省庁は内閣府の下請けになっており、正常な内閣制度とはいえない」という部分か。それにしても、この程度で掲載が見送られるようでは、メディアもひどいものだ。

C)その新聞はどこだろう。朝毎東は少なくとも没にはしない。産経は初めから寺脇さんには聞かないだろう。だとすれば読売か。

防御に走るメディア

A)そうかもしれないが、分からない。ところで最近、田崎史郎・時事通信社特別解説委員の官邸寄り発言が目立つ。

B)彼の発言をよく聞くと、必ずしも本意ではなく発言しているとうかがえることがある。官邸寄りで発言してくれと局から求められているのではないか。

A)なぜ。

B)かつて、各局のニュース番組やNHKの「クローズアップ現代」が官邸の批判にさらされた。その時あったのは、例えば選挙報道などで発言者のバランスが取れていない、というものだった。その批判が必ずしも正しいわけではないが、テレビ局としてはそうした批判を受けないよう、外形的に整えようとしているのではないか。

C)確かに。見ている限りでは田崎氏はコメンテーターとして単独で出ることはない。例えば、多少野党寄りの発言をする伊藤惇夫氏とセットとか。局がバランスを取るための要員だろう。そのためか、テレビ朝日は肩書で「時事通信」を出さずに「政治評論家」としている。そのほうが中立を気にせず自由にものが言えるから。

B)やっぱり、安倍政権が一時メディアを攻撃したのが相当こたえているようだ。トランプ政権と果敢に闘っている米国メディアがやたら健全に見えてしまう。

A)読売が載せた安倍首相の改憲単独インタビュー(5月3日付)、前川前次官の個人攻撃報道(5月22日付)も相当ひどい。この件と、先ほどの山口氏の一件をみれば、官邸によるメディア支配の手口が見えてくる。

B)「出会い系バー通い」の読売の記事も、官邸の警察官僚を通じて流されたものだろう。こうした情報操作に加えて共謀罪が成立すれば、どんな時代が来るか。



もう、安倍政治を取り換えるしかない~社会時評 [社会時評]

もう、安倍政治を取り換えるしかない~社会時評

 

距離感が保てない政治家

A)森友学園問題に続いて、加計学園問題が政権を揺るがせている。

B)「国家戦略特区」によって加計学園が経営する岡山理科大の獣医学部新設がこの1月に認められ、今治市内で来年4月開校の運びとなった。その経緯をめぐって、当初から「加計学園ありきでは」とみられていたが、「総理のご意向」などと記した文科省の文書が民進党など野党の手にわたり、朝日新聞などが掲載したため、一気に重大疑惑になった。

C)加計学園の理事長が安倍晋三首相の「お友達」であることから、かなり以前から疑惑はささやかれていた。

A)「お友達」といえば、第1次安倍政権は「お友達内閣」といわれた。その内閣で不祥事による辞任が相次ぎ、自らの健康不安が重なって立ちいかなくなり政権の座を降りた。森友学園問題での昭恵夫人の対応といい、安倍という政治家は周囲の人間との距離感を保てない。

C)「お友達」だからこそ、一定の距離を置くようにしないと公平公正さが保てないという意識がない。それが、戦後第4位という長期政権の中で構造的腐敗となって表れた。そもそも安倍という政治家は、これだけ長期の政権を担うだけの政治的力量を持ち合わせていない。日本の政治にとっては不幸なことだ。

 

重みある前川発言

A)この1月まで文部科学事務次官だった前川喜平氏が、文科省の文書について本物と証言した。5月23日に朝日新聞の取材に応じ、25日にはTBSのインタビューに応じるとともに都内で会見。同じ趣旨のことを述べた。加計学園問題さなかの文科省で事務方トップにいた人物だけに、発言に重みはある。

B)それだけ、あちこちでハレーションを起こしている。文科省内では「在任中に闘わずに、今になって」という声もあるという(26日付朝日)。官房長官をはじめ閣僚からも、事務方トップにいる間に言うべきだったと批判もある。

C)それは問題点がずれている。事務次官の仕事は多々あるから、内閣府に正論を言って自爆することだけが正しい道ではない。隠忍自重という道もある。

A)たしかに。事務次官は正論を言うことも必要だが、文科省という組織を守り育てることも重要だ。退職した今だから言えるということもある。

B)官房長官は「地位に恋々としがみつく人」と人格攻撃をしたが、再就職あっせん問題では、前川氏本人の意に沿っていたかどうかは別にして、文科省の組織を守ろうとしたのかもしれない。いずれにしても、地位に対する欲だけでその人の行動を推し量るのは浅はかな気もする。

A)城山三郎の「官僚たちの夏」という小説があり、気概あふれる官僚群像を描いていた。中心にいたのはミスター通産省といわれた佐橋滋だった。政財界をものともせぬ硬骨の人だった。

C)あのころは高度経済成長の時代。今と少し違う。国家のデザインを描くのに官僚組織のけん引力が必要な時代だった。今は、官僚主導から官邸主導の時代になった。民主主義社会の成熟という点でいえば、このほうがいい。

B)政治が官僚を動かすというのは基本的にいいと思う。しかし、その官邸に「お友達」への距離感がないとか、一定の見識がないとなると話は別だ。

 

低劣な読売「醜聞」記事

C)5月22日付読売新聞に「前川前次官 出会い系バー通い」が掲載された。これもひどい記事だ。「教育行政のトップとして不適切な行動」というが、在任中の行動とはいえ既にやめた人。どれだけのニュースバリューがあるのか。それなのに社会面の2番手4段だ。

A)このタイミングで意味のないスキャンダル記事が出てくること自体、政治的な思惑を感じる。見出しにも違和感がある。教育行政のトップが出会い系バーに行ったことが問題なら、見出しは「文科省前次官 出会い系バー通い」となるはずだ。前川前次官が個人としてそれほどの有名人だったとは思えない。勘ぐれば、一連の文書の出どころと見た官邸が、前川氏を標的にして書かせたものだろう。そうだとすれば、読売には報道機関としての最低限の矜持もない。先の安倍首相による改憲インタビュー掲載と合わせれば、読売は官邸の広報紙になり下がった。

B)さすがに、菅義偉官房長官も読売との関係を探られることは警戒していて、前川氏の出会い系バー通いは関知しないといっているようだ。もし、前川氏の在任中の行動をリークしたのが官邸だとすると、文科省の文書に対する一連の前川発言について「既にやめた人だからコメントしない」というのは都合のいい二重基準だ。

C)二重基準といえば、改憲発言では「憲法学者の7割が自衛隊を違憲だといっている」ということを根拠にしたが、安保法制では憲法学者の9割が「違憲」だといっても耳を貸さなかった。政権を批判する相手に対しては醜聞ネタをリークし、議論に際しては二重基準を都合よく使い分ける。それが事実なら「反知性」が安倍政権の体質のようだ。

 

政権交代をどう起こす

A)ではどうすればいいか。

B)問題のよって来たるところは、安倍という政治家としての資質に欠ける人間に過度な権力が集中したこと。その淵源は小選挙区制度というバイアスのかかりやすい投票制度にある。この制度は、バイアスがかかりやすい代わりに本来は政権交代も起こりやすい制度。だから、二大政党制であれば、英米で見られるようにこの制度はもっとうまく機能する。しかし、日本にはリベラルを基軸にしたオルタナティブな政治勢力が育ちにくいことがほぼ常識になりつつある。であるなら、自民党内に清話会に匹敵するだけの対抗派閥を作るしかない。麻生太郎副総理を中心に今、大宏池会構想が進められているが、次善の策としてこれに期待するしかないか。

C)「おごりと腐敗」の安倍政権を取り換えることが、今最も重要なことだろう。

A)スカッとした妙案はないようだ。



なぜか今、改憲議論 [社会時評]

なぜか今、改憲議論


■まるで読売の勧誘員

A)安倍晋三首相が読売新聞のインタビューに応じ、5月3日付で掲載された。ポイントは三つあって、まず改憲の目安を2020年としたこと、二つ目は憲法9条の1項、2項を現状のまま残し、新たに3項を加えて自衛隊の存在を認める文言を盛り込むこと、三つ目は教育無償化を前向きに議論すること―。大まかにはこんなところか。同様の趣旨のビデオメッセージが3日の改憲派の集会で披露された。

B)これを受けて8、9日の衆参予算委で野党が真意を説明するよう求めた。すると首相は「自民党総裁としての考え」「詳細は読売を読んでほしい」とかわした。

C)一国の首相がまるで読売の販売勧誘員のような答弁をした。「国会軽視」と野党が怒るのも無理はない。

B)その読売を読んでみたが、見出しは「首相インタビュー」だ。記事も「安倍首相(自民党総裁)」という書き方だった。常識では首相と自民党総裁が全く別人格として存在するわけではなく、やはり国会で求められれば憲法への考え方は説明すべきだろう。そうでないと国民は納得しがたい。

A)改憲目標を2020年にしたことについて。

B)オリンピック成功を受けて国民が高揚している時についでに憲法改正も、という狙いだろうが、オリンピックと憲法は何の関係もない。オリンピック憲章にあるように、オリンピックは都市が開くものだし、憲法は国の土台を定めるものだ。ドタバタに紛れて二つを結び付けようというのはこざかしい。

C)私は、憲法改正そのものはあってもいいと思うが、このような設定の仕方にはやはり抵抗がある。年限を切らずに議論すべきだ。

A)今回は本丸ともいえる9条改正を持ち出してきた。96条改正を言ったり緊急事態条項を言ってみたり、9条改正でも自民党がつくった憲法改正草案とも違う。ただ憲法改正がやりたいだけ、と思わざるを得ない。

 

■9条3項追加には無理がある

C)9条の1項、2項はそのままに、新たに自衛隊を認める3項を追加するというのは無理がある。インタビューで「(自衛隊は)『違憲かもしれないが何かあれば命を張ってくれ』というのはあまりにも無責任」と改憲理由を述べているが、1項と2項を残したまま自衛隊員が「命を張る」根拠が憲法に盛り込めるとは思えない。

A)どういうことか。

C)1項は「武力による威嚇または行使によって国際紛争解決の手段としてはならない」とある。2項は戦力不保持と交戦権の放棄だ。1項は自衛のための実力行使は国際紛争に当たらないという論理的な逃げ道があり、2項の「戦力」と「自衛力」は違う、という解釈があるかもしれないが、問題は交戦権の放棄だ。これはほかの解釈がない。憲法によると、自衛隊は戦ってはならないことになっている。

B)だから9条は現行のままとし、自衛隊は自衛のための最終手段として実力を行使する。これが日本の防衛の在り方ではないか。

C)自民党が2012年にまとめた「憲法改正草案」は出来が悪く、読んでみて気持ちの悪くなるものだが、9条に関する限り、3項を追加するより自民案の方が筋が通っている。自衛隊を国防軍とし、2項を削除して交戦権を認める。少なくとも日本が戦争できるようにするにはこの方法しかない。そうすれば軍事法廷も大っぴらにつくれる。

B)軍事法廷に関しては憲法76条「特別裁判所の禁止」を変えないといけない。しかし、9条を改正して交戦権まで認めるという情勢になれば、76条も変えようということになるだろう。
A)それは、自衛隊にとっていいことか。

 

■戦争をするための精神的装置

C)少なくとも「戦争させる」側にとっては都合がいい。しかし、「戦争をして命を捨てよ」というには、憲法だけではだめだ。イデオロギー的側面というか、戦前の靖国神社のような、「戦場で死んだら靖国で会おう」というような精神装置がいる。そこまで考えると、自衛隊の国防軍化は、いったん戦争へ走り出すと後戻りできない体制を作り出しかねない。

B)ある講演で、自衛隊に入る若い人たちに動機を聞いたところ、災害地域の復旧作業がやりたいという声が多かったと聞く。自衛隊はそういう位置づけでいいのではないか。その延長線上で、他国が攻撃してきたときに備えて、21世紀の時代にそんなことはないと思うが、必要最小限の実力装置を持つ、ということでいい。

A)最近、北朝鮮の脅威がよく話題になる。

B)北朝鮮も、自らが口火を切って戦争を始めるとはいっていない。そんなことをすれば一瞬で国そのものが消滅することは分かっている。独裁国家だから暴走する、というが、独裁国家だから暴走しないともいえる。偶発的な衝突はむしろ権力集中が生半可である場合に起きる。しかし、日本海側にあれだけ原発を並べておいて「北朝鮮の脅威」もないだろう。

A)首相はインタビューで憲法学者のうち7割が自衛隊は違憲の疑いがあり合憲論は2割しかない、といっている。

B)調べてみると、2015年6月下旬の朝日新聞調査が根拠らしい。209人にアンケートし122人が回答。このうち「憲法違反」が50人、「憲法違反の可能性」が27人だった。微妙なのは「憲法違反にあたらない可能性がある」の13人をどう読むか。「憲法違反にはあたらない」は28人だった。「憲法違反にあたらない可能性」は「もしかするとあたるかもしれない」とも読め、首相はこれを含めて「違憲の疑い」を7割としている。

C)今の時代に、自衛隊は憲法違反だからなくそう、とはならないだろう。かといって改憲まで考えると、「国防軍」の議論が再燃する。それは自衛隊にとっても国民にとっても不幸なこと。9条「加憲」論も無理がある。

B)朝日の調査でも、122人中99人が9条改正の必要はないと答えた。

A)三つ目の教育無償化は。

B)憲法をいじらなくても通常法の範囲内でできる話。9条「加憲」で公明を、「教育無償化」で維新を取り込もうという、政局のにおいがプンプンする。

 

■安倍政権の偽物感

A)こんな荒唐無稽な憲法論議が首相から持ち出され、森友学園問題では誰が見ても首相夫妻の関与が明白なのに首相自身は官邸でのうのうとしている。一強他弱の腐敗と堕落は見ていられない。

B)自民党が2012年に出した改憲草案と今回の改憲案はどういう位置づけにあるのか。党の案を総裁自ら無視するようでは政党の体をなしているとはいえない。自民党と明確な対立軸を作れない民進党もだらしない。少なくとも原発、憲法、沖縄―日米安保を対立軸とする政権構想を持たないと。その結果として国会の議論の空疎さは目を覆いたくなる。共産党は首尾一貫しているが、だからといって共産党政権ができる時代状況にはない。

C)森友学園問題の背景にある日本会議への傾倒でもわかるように、安倍政権はある種の危うさを持っている。いわば偽物の保守だ。本来の安定的で常識的な保守がもっと力を持つべきだろう。選挙制度を変えるのでない限り、常識の保守とリベラルが組んだ政治勢力が台頭しないと日本の針路は危うい。今は改憲よりそちらの議論が大切なのだが。

B)5月3日付朝日に長尾龍一・東京大名誉教授のインタビューが載っていて「日本国憲法は民法でいう『履行による追認』にあたる」という言葉があった。瑕疵があって取り消せる契約でも、義務者の側で履行すれば取り消せなくなる。成立過程に「押し付け」という瑕疵があったとしても、保守本流を含めて憲法の精神は履行されてきたのだから、その追認の意味は認めるべきだ、という論旨だった。

A)たしかに、憲法は70年間、変わらず国民の精神的支柱になってきたことは確かだ。その重みはある。

 


「朝鮮半島危機」に関するいくつかの疑問 [社会時評]

「朝鮮半島危機」に関するいくつかの疑問

 

 1994年以来の「朝鮮半島危機」が深刻化している。けさ(51日付)の新聞報道によると、稲田朋美防衛相が安保関連法に基づき、米国艦艇などを守る「武器等防護」を自衛隊に命じたという。これによって有事の際にはヘリ搭載型護衛艦「いずも」が米補給艦を防護する。補給艦は日本海を北上中の米原子力空母カール・ヴィンソンへの補給活動が想定され、これによって米朝間で戦闘が発生すれば、自衛隊も一体で戦うことが確実になった。

 

◆憲法9条との関連

 

 昨日のテレビでジャーナリストの青木理氏が指摘していたが、日本国憲法の9条第1項には「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とある。第2項の「戦力不保持」「交戦権の否定」は「戦力」や「交戦権」の定義をめぐって議論の余地があるとしても、この第1項は解釈や読み替えが可能な条文ではない。もともと安保関連法自体が違憲だとする意見は多いが、現在、朝鮮半島沖でカール・ヴィンソンによって行われている米軍事力の誇示を自衛隊が一体的に支える行為は憲法違反ではないのか。青木氏も言っていたが、この視点からの議論が日本国内で巻き起こらないのは不思議である。

 

◆日本は米国の「盾」か

 

 現在の「危機」は、トランプ米大統領が北朝鮮の核兵器を深刻な脅威だと判断したことに始まる。その結果、北朝鮮と中国に軍事的な圧力をかけ、外交圧力によって北の路線変更を迫るという戦略が展開されている。

 しかし、知られているように朝鮮半島の38度線は「停戦ライン」であり、北朝鮮と韓国はいまだ準戦時状態にある。こういう状況下で北の目前に欧州中位国並みの空軍力を持つ原子力空母を置けば、偶発的な事態が起きることは予測の範囲内である。もし戦闘が起きれば、日本は間違いなく重要な標的になる。それは東京なのか、米軍の最新鋭戦闘機F35Bが駐留する岩国なのか。

 もともとは米国の「北の核は脅威」という認識から発生した事態の結果、日本国民が重大な脅威にさらされる、ということを日本の政治指導者はどう考えるのだろうか。日頃から安倍晋三首相は、「軍事を含むすべてのオプションがテーブルの上にある」という米政権の姿勢について「高く評価し支持する」といっている。これは、正しいことなのか。なぜ米国民の脅威解消のために日本国民が脅威にさらされなければならないのか。これは、基本的な疑問である。

 先日、あるテレビの街頭インタビューで「日本が巻き込まれるのではないかと心配だ」という声が紹介された。しかし、稲田防衛相の「命令」を見ても、現状は米国の戦争に日本が巻き込まれるという段階にはない。日米一体で戦争をする態勢が構築されている、と考えたほうがいい。極論すれば、日米安保が存在する結果として日本は脅威にさらされている。日米安保解消論を唱えれば「お花畑の議論」とする批判が起きるが、現状を見る限り、日米安保がなければこのような事態にはならなかったであろう。これを機会に「日本の防衛」についてフリーハンドの議論をすべきではないか。

 少なくとも安倍首相は、米政権の方針を「全面支持する」のではなく「軍事オプションは拒否する」と明言しなければならなかったと考える。

 

◆「いずも」という空母は何を守るのか

 

 さらに、冒頭の米艦防護の話に戻るが「いずも」はどのように米艦を守るのか。専守防衛の憲法を持つ国の戦力だから護衛艦と名乗っているが、「いずも」は艦橋が船体の端にあり、通常の艦船の定義では空母のはずだ。空母は通常、戦争状態かそれに近い状況の中で相手国の近くで最前線基地の役割を担う。防衛ではなく攻撃のための艦船であるはずだ。このような艦船が、緊張下の朝鮮半島の間近にいることがどういう意味を持つか。「防護」の範囲にとどまらず、カール・ヴィンソンと同じく「脅威」を相手国は感じるのではないか。



いずも.jpg護衛艦「いずも」(海上自衛隊HPから)



広島と沖縄 死者との対話 A・ビナード×三上智恵㊦ [社会時評]

広島と沖縄 死者との対話

A・ビナード×三上智恵㊦

 

沖縄の人たちを二度殺すのか

 

 三)戦争で沖縄は防波堤にされた。捨て石で時間稼ぎだったが、本当は防波堤にすらならなかった。沖縄戦は無駄死にだった。20万人が地獄のような2カ月間を体験する中で日本国の指導者たちが少しでもいい和解を引き出すことができたかかといえば、何もできなかった。それどころか、沖縄の島々にたくさんの日本軍を配置して沖縄の若者も使ってたくさんの滑走路を造ったが、その滑走路は米軍によって使われた。長崎に原爆を落とされた帰りに沖縄の基地が使えていなかったら長崎の原爆はなかったという人もいるくらいだ。

 ビ)燃料がなくなるから。

 三)だからすごいバッドアイデアだった。沖縄を防波堤にして日本が助かるというのは。その検証をちゃんとしないで、なんとなく中国が怖いから先島に自衛隊とかがいたほうがいい、という。でも、それは戦争で死んだ人たちを二度殺すことだ。なんで日本人が20万人も沖縄でむごたらしい死に方をしたか。この作戦は大失敗だった。沖縄守備の第32軍は見捨てられた軍隊で、住民もろとも死ぬしかなかった。でもあの作戦で誰も助からなかったとみんな知っていて、同じ過ちを死んでも繰り返さないということのために彼らの命と経験が使われたら、それは本当の意味で犬死にしないことだと思う。20年間、沖縄の放送局にいて、6月が来るたびに何か戦争の企画をといって、戦争は悲惨だったという企画を安易に出してきた。でも戦争がどんなに悲惨だったかは分かっている。なんで止められなかったかをやらないと。1945年がどんなに大変だったかをいくらやっても、今は平和でよかったみたいなつまらない感想しか出てこない。1944年に沖縄の人たちは何をしていたんですかということを問わないと。44年の夏に日本軍がたくさん入ってきた。「連戦連勝」の日本軍が。大嘘だけど。これでこの島は安心だ、守ってもらえると思ったら数カ月後には戦場のど真ん中になった。「ざわわ」って曲は、私はあまり好きではないが、ある日海の向こうからいくさがやってきたって、そんなことを歌っているから、次の戦争を止める力がなえてしまう。戦争が向こうから来て、戦争してもいいですかといったらその時は「ノー」といおうと、そんなことで戦争は止められない。今これだけ日本軍とアメリカ軍に自分たちの島を明け渡していながら、今度の戦争は嫌ですとどうやっていえるのか。私は、沖縄戦で亡くなった人たちを二度殺すことだけは許さないと思っている。だけど沖縄戦で亡くなった人だけじゃなくて、いま「標的の島」という小西誠さんの書いた本があるが、それは11月末に米海兵広報部がツイッターに出した写真が表紙になっている。アメリカ軍と自衛隊が図上訓練をしている。下に大きな島があって米軍の司令官が立って指示している。そういう訓練が行われたと、アメリカ軍は何とも思わず出した。でもそれは私たちが住んでいる島だ。形を見れば分かる。宮古島、伊良部島、石垣島、西表島。ここで戦争を想定して訓練をしている、そういう写真なのに、なぜか全国のメディアは全然やってくれない。

 ビ)日本の敗戦はミッドウェーで決まったから、あとは核開発を進めながら日本を後でどう利用するかが進められて、1944年のタイミングで日本軍が基地を整備するということは、米軍のための下請けの建設だった。結果的にいま岸信介の孫が首相になって、大日本帝国の組織の一部の人間が米帝国に再就職している。だから、先島は本土防衛と同じ発想。先島に住んでいる人たちにとって先島は「先島」ではなく世界の中心。でもペテンタゴンのお偉方には先っぽの島。今は本土防衛なんて言わずにエアシーバトルというが基本的には変わっていない。そういうデジャビュ(既視感)のような悪夢の再利用のようなものがいま僕らの生活を奪おうとしている。僕らは声を上げることができる。権力と張り合って言葉と思いをぶつけることができるのに、これを使わなかったら死者に対して申し訳ない。

 三)この日本国憲法を政府が変えたいというのは本当におかしな話。権力者は暴走する、暴走を止めるために日本国憲法がある。

 ビ)800年前にマグナカルタが作られた時から、憲法はそういうもの。

 三)それを暴走したい人たちが変えるっていうのは、猛獣の檻の鍵を外すのと同じ。でもそのことについて、どうして日本人は一部変えてもいいんじゃない?って言っちゃうのか。

 ビ)一部変えるなら「思いやり予算は払ってはならない」というのを書き加えたほうがいい。

(完、文責asa)


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広島と沖縄 死者との対話 A・ビナード×三上智恵㊥ [社会時評]

広島と沖縄 死者との対話

A・ビナード×三上智恵㊥

 

白水の戦争マラリア

 

 A・ビナード)それで何か起きた時に、ありえない、想定外、そんなことになっていたんだという。6年前の3.11もそう。日本に54基も原発があったの、知らなかったって。軍事衝突、相手が中国なのか北朝鮮なのか分からないが、それが起きた時、沖縄で何が起きているか全く注目してこなかった人たちはまたオタンコナス状態になる。そういう状態になって市民が何かやるのは不可能。僕は日本国憲法第21条「言論の自由」が唯一の足場なので、これから憲法までつぶされた時、市民の抵抗は、大日本帝国に抵抗するのと同じぐらい難しい。

 三上智恵)映画の中で、沖縄平和運動センター議長の山城博治さんが、まだ我々には憲法があるんですから、というシーンがある。憲法があって表現の自由があるんだから、その自由を治安維持という名目で警察権力が押しつぶしていくとしたら、それはもう憲法なき社会だし、そんなことはあり得ないといいながら、結局その通りのことが起きた。博治さんは有刺鉄線一本1500円ぐらいのものを切っただけで5カ月勾留され、家族の接見も認められず、差し入れも制限された。何の罪で5カ月もこんなに人権を奪われた状態でいなければならないのか。しかし、日本国民は何の関心も示さなかった。治安維持法が機能しているような社会なのに、それに対する反応は鈍かった。次は自分だとどうして思わないのだろうかと思った。その間にネット上では、山城博治さんがひどい人だという嘘八百の情報が、過激派だとかカネをもらっているとか中国共産党の一員とか、流された。

 ビ)そうして市民の力を削ぐ。

 三)山里節子さんという「とぅばらーま」の歌い手がいる。沖縄本島の民謡歌手のプロでも、とぅばらーまだけは八重山に生まれ育っていないと無理というぐらい敷居の高いソウルソング。楽しいとか美しいとかを歌う歌はいっぱいある。とぅばらーまは恨みとか哀しみとか嘆きとか慟哭をそのまま詠み込んでいく。即興で。音楽の並びがだいたい決まっていて合いの手が決まっているぐらいで歌詞はまったくフリー。でも小さいときから聞いて育っていないとそのボキャブラリーがない。あれこそ口承文芸の遺産。自衛隊が来るのが嫌なんですとインタビューで言うのと、あれを歌うのとでは、人の心に届く深さが違う。この映画で一番大事な部分だと思っているのは、私たちの島は金もないし力もないけれども歌や踊りがあって、それでおなかを満たして心を洗われて生きてきたんです、その力を結集することで何とかこの危機を乗り越えていけるんではないかと確信を持っているんです、と節子さんがいうところ。権力者側に対抗して歌や踊りでどうするのって、その言葉だけ聞いたら思うかもしれないが、この映画を見たら離島が持っている力、権力側が持っていなくて大地の上に根を張って生きている島の人たちが持っている力って確かにあると思う。沖縄は今、崖っぷちに来てしまっているが、それでもあきらめない力が沖縄の人たちにはある。

 ビ)三上さんが海中カメラで撮った映像がある。サンゴが産卵するシーン。その力が節子さんの歌。山に向かって草原に向かって、これから基地が造られようとしているところに立って草木や風に言葉を発する。詩人は言葉を出すのが仕事で、人前で朗読したり活字にしたりする。でも、風に対して何か言えるか、山に対して何か意味のある言葉を出せるか、と言われたら出せない。でも節子さんには先祖から引き継いでいる意味のある言葉、風に向かっても力を持っている言葉がある。サンゴは海の中で流れる海水の中でこれだという年に一度の瞬間を見つけて産卵する。

 三)あのサンゴが出した卵の塊はつぶれるかもしれないが、でも出した卵はどこまでも遠くに行って着床して海の再生のために頑張ると思う。節子さんが、雨を含んだ黒い雲を見て、戦雲(いくさぐも)がまた湧き出たみたいだってあの場で歌う。白水というところが尾根の向こう側にあって、そこに閉じ込められて、かからなくてもいいマラリアにかかって沖縄の人たち3700人も、弾に当たってではなく日本軍の命令で死んだ。節子さんのお母さんもおじいさんも。節子さんが私に言ってくれたが、山の向こうの、命を奪われた人たちが背中を押したような気がするって。この歌を歌って三上監督のスクリーンに映ったら大変なことになるってどこかで分かっていたけど、でもあの時白水の方から私の背中を押したのよねって。だから彼女は山中で亡くなった人たちの声とかを聴いて、山に向かって空に向かって大地に向かって自分の覚悟をあの瞬間に響かせた。

 

死者とどう向き合うか

 

 ビ)映画で「死者に対して申し訳ない」って(島袋)文子おばあが言う。その力が何より強い市民の力になると思う。広島の街は、本当はものすごく力があるはず。ここでどれほどの命が72年前の夏に奪われたか。昨年、賞味期限が切れたおじゃま(オバマ)大統領が広島に来た。1時間足らず来て、17分間のおためごかしを並べて帰った。あの大統領が来た時、謝罪しなくていいという人が多かった。72年前の地獄を体験した人たちの中にも謝罪しなくていいという人がいた。その気持ちは分かる。和解したほうがいいという気持ちは分かるが、でも私たちは謝罪しなくていいといえない。言えるのは殺された人たち。でも、殺された人たちは、謝罪せよというはずだ。核開発を続け原発も作り続け、オバマ大統領の核廃絶も実現していない。それでは謝罪してもらわないと困る。この映画に出てくる死者とつながっている人たちは、たやすく「謝罪しなくていい」とか「水に流す」とか「関係ない」とかいえない。過去とつながっていれば、死者に問いかけてから行動する。でも沖縄を今まで支えてきた人たちは、翁長雄志知事も含めて、死者と向き合うパイプを持っている。そのパイプをなくしたら広島も力が出ない。そのパイプをつなぎとめ死者と相談できる、そこが大事だ。

 三)沖縄では後生(ぐそう)という言葉がある。私は民俗学をやっているが、他界観、私たちに見えてる世界とは違う、天国とか後生とかを想定しない民族はいない。同じ他界観を共有している強さというのを描きたいと思っている。沖縄戦を体験したお年寄りから話を聞いて、代表的なのは99歳で亡くなった1フィート運動の会の中村文子先生のこと。沖縄戦で教え子を二人ひめゆり部隊に出してしまった、日の丸を振って子供たちに軍国教育をした、そういう軍国教師としての反省を戦後貫いてきた人だが、その先生がいつもひめゆりの資料館に行くと「のぶこ、はるこ、会いに来たよ」という。そののぶこさんとはるこさんはおさげ髪のままだけど、文子先生は後生に行った時「もう基地はなくなったのよ」って言いたい、「私が頑張ったからもう戦争の島でなくなった」って言いたい、でもそう言えないから私はまだ死ねないんだって言われていた。まだ基地があるの、また戦争になるかもしれないのと、だからセーラー服姿ののぶこ、はるこに会うことができないから頑張るって沖縄戦を体験したお年寄りはみんな言う。生き残った罪悪感は広島でもあると思うが、沖縄でもなぜか自分は生き残ってしまったと自分を責める人が多い。後生に行って72年前別れた人たちと再会する時、自分は生き残って何をしたのって考えると居ても立ってもいられないからみんな辺野古、高江に来る。

 ビ)アメリカから広島に26歳の時に初めてきて、それまでは原爆が投下されたことが犯罪だったという意識はなかった。広島に立って自分の母国を見つめて、アメリカから受けた教育を少し見抜くことができるようになって広島の人たちとつながった時に、自分が被爆(曝)していないことが単なる偶然だということに気づいた。僕はミシガンで生まれ育って、ミシガンは約100基あるアメリカの原発の中でワースト3に入る原発の風下で、しかも母親の胎内にいた時に近くのエンリコ・フェルミ原発がメルトダウン事故(1966年)を起こしてそれが隠ぺいされ、その放射性物質はエリー湖に漏れ、小さいころそこで泳いでいる。いまカナダが最終処分場をヒューロン湖のほとりに作ろうとしていて、これからまた五大湖の水が汚染される。アメリカ人こそ一番汚染させられている。全部泣き寝入り。そのことに自分が目覚めていくと、自分が今、健康被害に苦しんでいない、生活が成り立っていることは単なる偶然で、自分は次だと常に感じるようになる。

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広島と沖縄 死者との対話A・ビナード×三上智恵㊤ [社会時評]

広島と沖縄 死者との対話
A・ビナード×三上智恵㊤


 広島市内で4月16日、三上智恵監督「標的の島 風かたか」の上映後に詩人のアーサー・ビナードさんと三上監督のトークがあった。沖縄の情況は日本の民主主義の在り方にかかわるといった視点にとどまらず広島との思想的な関連性、特に死者との対話に議論が及んだ。以下、トークの要約(3回続き、文責asa)
 
 A・ビナード)辺野古で、高江で、沖縄で思うことは、国家は国民のために存在していない。僕らがそのことを実感せずに生活しているなら、あんぽんたんだ。
 三上智恵)私が沖縄で映画を作っているのは、沖縄の負担が大変だから、ではない。この国が劣化してしまって、足元の幸せとか平和とか安定とか安心とか、ここまで崩れているのになんで全国の人たち気づかないんですか、と思って作っている。
 ビ)沖縄が大変だとか思っていたら現実は何も見えない。今の広島の思考停止とあんぽんたんぶり、広島がすべてを失う崖っぷちに立っていて飛び降りる寸前の状態になっていることを沖縄が照らし出しているから、沖縄をちゃんととらえなければいけない。沖縄の問題ではない。
 三)沖縄の問題を全国の人が考えてあげないといけないというレベルの問題ではない。沖縄にいるから分かる、沖縄でははっきりと断層の地層が見えるというものがある。沖縄でニュースキャスターを20年やって、全国に伝えないといけないことがたくさんあった。それは沖縄が大変だということではなく、あなたの国の民主主義はないですよ、この国の平和はもう終わりましたよということ。これからは共謀罪だけど、私は戦争に向かう最後の大きなカギは特定秘密保護法だったと思っている。あれを許してしまってほとんど戦前の法律は完成したと思う。もちろん戦争法も、念を押すようにできてしまった。止められないところまで来ている。
 ビ)特定秘密保護法とセットに進められたのがマイナンバー制度。三上さんは戦前の法整備が済んだというけれど、戦前の方がまだましだった。戦前は戸籍が悪用されたが、米政府にも利用されるマイナンバー制度という日本語を介しない形で日本民族の支配が完成した。
 三)マイナンバーも、みんなが従順でなければ止められたと思うが。
 ビ)5000万人がいらないっていえば制度そのものができなかった。しかも、ひどいネーミングだ。税務署に行くとこういう顔をしているから英語で聞かれる。「What Your My Number?」。Your My Numberって何。そういう中でどうするか。沖縄とつながると、いろんな人が多様性を保ちながらつながっている。それを僕らにお手本として提供してくれている。

米軍も自衛隊も一体

 三)「標的の島」を見終わっての感想は。
 ビ)重要なことを理屈ではなく感覚を伴った形で伝えた。米軍帰れとか、アメリカにこんなに基地を押し付けられているとかではなく、米軍も自衛隊も同じ組織だということ。宮古と辺野古と高江をつなげて描くと、それがよく分かる。おととしから米軍とか自衛隊とか米政府とか日本政府とかではなくて同盟調整グループ(Alliance Coordination Group=ACG)という組織がアメリカ国防総省、カタカナでいうとペテンタゴンが中心になってできた。その下請け組織が日本の防衛省。宮古に自衛隊基地ができるのと辺野古に米軍基地ができるのとは、同じ組織の出先機関が違うだけ。あるいは軍服を着ている人間の顔が違うだけ。同じ組織が進めていて、この映画で伊波洋一さん(参院議員)も明確に言っていたが、先島を戦場に想定して計画を進めている。それがこの映画ですごくよく分かる。
 三)アメリカ軍基地への反対は沖縄で8割がそうだ。しかし、辺野古は普天間の代替施設といわれると、これがまたペテン。辺野古新基地を造らずに普天間基地をなくしても、沖縄への米軍基地集中度は74%が73%にしかならない。この73%は、8割のオール沖縄を支える大多数の県民がいいといって、まだ負担していくつもりでいる。でも、普天間は無条件で返してくれてもいいんじゃないのか。それも許されないのか、というところなんです。ここが勘違いされている。アメリカの基地への反対は沖縄の中でも理解される。でも自衛隊に反対するとなると微妙だ。自衛隊には沖縄の出身者が多い。沖縄の離島から東京、大阪の大学に行かせると一人あたり2000万円弱かかる。一人大学に行ったらほかの兄弟はあきらめるという中で、防衛の学校に行けば資格も取れるし生活費ももらえる。そういうところに多くの人が行ってしまうのは沖縄の地域がら仕方ない面もある。だから自衛隊には反対論が言いにくい。でも米軍基地の問題だけ扱っていたら、いま私たちが迎えてしまった危機が説明できない。宮古島と辺野古・高江のことを一緒にやるとせわしなかったと思うが、でも米軍基地と自衛隊はいま全く一緒に考えないといけない。南西諸島の軍事要塞化ととらえないと何も本当のことが分からない。それは、沖縄が戦場になるということではなく、日本が戦場になる、その導火線を今作っているということだということをどう2時間で表現しようかと、編集作業は死ぬ思いだった。
 ビ)日本は思いやり予算という金を自分から出して導火線を引いている。米帝国と中国帝国が軍産複合体を維持するためにそれをやっている。中国もアメリカも全面衝突なんて考えていない。だからペテンが成り立つ。戦争をやりたいんなら核ミサイルを撃ち込んで人類を終わりにすればいい。しかし、戦争をやりたくないなら、戦争がない形で解決するしかない。
 三)米中はお互いに経済的なダメージをどの辺まで抑えて戦争するか、お互いに検討している。そして一緒に軍事演習なんてやっている。不思議なことだ。
 ビ)世界の歴史の中でこんなに経済的に依存しあった大国はない。
 三)そこで、お互いの国ではないところで軍事衝突が起きるとしたら、海上限定戦争しかないという結論に今達しているが、その海上限定戦争の舞台にされている島々は私たちが住んでいるところだ。この島々で戦争が終わるはずがなくて、もし沖縄本島が巻き込まれるとアメリカが巻き込まれて長期化する。そのアメリカのシンクタンクの人たちがエアシーバトル構想についてシミュレーションしたところでは、中国はミサイルの飛距離が伸びたので、戦闘機や船を出さなくても(先島を)直接攻撃できる。でもそうなったら、アメリカ軍は半日でグアムのラインまで撤退することになっている。それが2006年の日米合意。だってアメリカ軍には、この島に残って最後まで戦う義理はない。いったん撤退して頃合いを見て奪還に来るが、初期攻撃に対応するのは同盟国軍だと書かれている。同盟国軍とは日本軍、韓国軍、フィリピン軍。ドゥテルテ大統領は頭がいいから巻き込まれないためにアメリカと距離を置いている。中国との経済関係、信頼関係を築くことで、アメリカの代理戦争をさせられて自国の兵隊が犠牲になる、もしくは自国の国土が戦場になることを避けようとしているる。でも日本と韓国は、このまま行くと自国の領土を戦場に提供し、真っ先に死ぬのは日韓の若者ということになる。そして、初期攻撃に対応するのは日本の軍隊だが、沖縄は2週間で陥落すると書かれている。次のバトルゾーンは西日本。それが「やまさくら」という訓練で、ネットで簡単に見ることができる。沖縄にいると、アメリカ軍と日本軍がどこでどう訓練しているかがニュースになる。でも、本土では全くニュースにならない。だからみんな、アメリカが日本を守ってくれているというところで思考停止している。


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ゴルディオスの結び目~社会時評 [社会時評]

ゴルディオスの結び目~社会時評

 古代の王ゴルディオスが複雑怪奇な結び目を作り、これを解いたものがアジアの覇者になると宣言した。アレキサンダー大王が現れ、剣で一刀両断にし、予言通りアジアの覇者になった。
 この故事をどう解釈するか。
 普通の人間は、まず結び目を解こうとするだろう。アレキサンダーは発想を変えて、一刀両断にしてしまう。誰にも思いつかぬ方法で難問を解いたアレキサンダーはやはり英傑だった―とするのが、一般的な解釈かもしれない。
 内田樹は著書「他者と死者 ラカンによるレヴィナス」の中でこの故事を取り上げた。前後の文脈の中で内田は、難解な思想をどう説くかの答えを導くためにこの故事を使っている。そこでは、「アレキサンダーの剣」は、例えばマルクス主義に代表されるイデオロギーに例えられる。レヴィナスの「よく分からない思考」にマルクス主義的な読みを当てはめ「ブルジョワのシオニスト」と切って捨てるやり方である。たしかに単純明快だが、そこで得るものと失うものと、どちらが多いかをよく吟味する必要がある、と内田は言う。
 さて、米ソ冷戦も終わって30年近くがたとうとしている。いまさらマルクスでもあるまい。では、この故事は世界で起きているどのようなこととつながるのか。
 核兵器開発を進める北朝鮮の動きに、トランプ米政権がいらだっている。シリアの空軍施設を巡航ミサイルで攻撃し、取って返して太平洋上の原子力空母カール・ヴィンソンを朝鮮半島近くに向かわせた。力ではなく賢者の知恵に頼る「戦略的忍耐」を掲げたオバマ政権と違って「力には力」の政策を前面に押し出した感がある。トランプ大統領は、複雑な結び目を一刀両断にした現代のアレキサンダーのように振る舞っている。
 しかし、ゴルディアスの結び目の故事と違うのは、振り回した剣は確実に周囲の犠牲を招くということだ。一説には、韓国で一般市民100万人が犠牲になるというシミュレーションがある。そんなもので済むのだろうか。朝鮮戦争での死者数は400万人と公式に言われている。そのうえで当時と現在の最大の違いは、北朝鮮が核兵器を持っている可能性があるということである。もちろん被害は日本にも及ぶだろう。
 朝鮮半島では、1994年にIAEAの核査察を北朝鮮が拒否したことによる核危機があった。クリントン政権の時のことである。カーター元大統領が訪朝し、なんとか核施設空爆を回避、対話の道を維持した。
 この時の状況を詳細に書き残した舟橋洋一「ペニンシュラ・クエスチョン」を、著者は「朝鮮半島第二次核危機は、北朝鮮の体制・アイデンティティー危機、世界の核状況危機、そして冷たいバルカンとなりつつある北東アジアの相互不信危機の重層的危機にほかならない」と締めくくった。朝鮮半島は現代の複雑怪奇なゴルディオスの結び目である。

 3月に来日したティラーソン米国務長官は「北朝鮮を非核化しようとする20年間の努力は失敗に終わった。脅威がエスカレートしており、新たなアプローチが必要だ」と述べた。1994年の核危機での米対応の否定である。これが、現代のアレキサンダーの剣にならないことを祈る。結び目は解ける所から解いてほしい。


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