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「狂気」が神話となった~濫読日記 [濫読日記]

「狂気」が神話となった~濫読日記

 

「狂うひと 『死の棘』の妻・島尾ミホ」(梯久美子著)

 

 文芸評論家奥野健男が「極北の私小説」と呼んだ「死の棘」。夫(島尾敏雄)の不倫を彼の日記から知った妻(ミホ)が精神に異常をきたし、嫉妬と愛憎にまみれた日々を延々と繰り返す。戦後文学に大きな足跡を残したこの「死の棘」で島尾が書こうとしたものは何だったのか。背景にあるものは何か。これらを徹底的に追ったのが、梯久美子の「狂うひと」である。

 もちろん、「死の棘」には一組の夫婦間にとどまらぬいくつかの時間の流れが込められている。島尾は自身による一連の「戦場文学」によって知られるように、終戦の前年、加計呂麻島に特攻艇「震洋」を擁する部隊の隊長として赴任した。特攻命令を待つだけの日々を島で過ごし、命令が出るとともに終戦を迎える。島尾は「死」を伴わない特攻体験を、この島で得た。こうした中で愛を交わした相手が、島の娘ミホだった。

 こうして思いもかけぬ形で「戦後」という時間を得た島尾は、本土に帰還しミホと結婚する。しかし、そこでの日々は、かつての加計呂麻島とは似ても似つかぬものだった。「島の守護神」としてのりりしい姿はなく、生活能力のない文学青年としての島尾。そして、文学仲間だった女性との不倫…。

 戦中と戦後の時間の流れは、あまりにも違っていた。そのことが、ミホの精神に異常をきたしたのである。しかし、ことはそれで終わるほど簡単ではなかった。梯はある新聞記者との会話で、島尾の情事は「藤十郎の恋」だったという女性作家の言葉を知る。歌舞伎の演目を演じるため人妻に恋を仕掛けた坂田藤十郎。島尾の情事もまた、小説のためだったというのだ。そしておそらくミホもそのことを知っていたという。二人とも承知の上で、嫉妬と愛憎のドラマを日常の中で演じたという。なんのために? 小説のためである。

 こうなると、どこまでが真実でどこからがフィクションなのか、分からなくなる。「死の棘」では、ミホの連夜の「査問」に疲れ果てた島尾が首を吊ろうとするシーンがある。これも演技なのか。ミホは晩年、島尾の親友であった作家真鍋呉夫に「川瀬さん(仮名・島尾の不倫相手)にやきもちを焼いたことは一度もない」と話している。これが本当だとすれば、島尾が見た嫉妬に狂うミホの姿は演技だったということになる。

 「死の棘」のあらすじ、年表を加えると600㌻を超す大部である。しかし、読み終わってみてどこにミホの真実があるのかは判然としない。唯一いえるのは、1957年に38歳で加計呂麻島に帰ったミホがやっと心の平安を得、その中で島尾への愛を貫いたであろうことだ。それは、戦後という時間の中で歪められた「守護神と巫女との聖なるドラマ」の復権であった。こうした見方は吉本隆明、奥野健男によって言及され、山本健吉が「死の棘」の狂気を王女メディアになぞらえたことで決定的な論になった。いや、ミホの狂気が神話化されたというべきか。

 

狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

  • 作者: 梯 久美子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/10/31
  • メディア: 単行本
死の棘 (新潮文庫)

死の棘 (新潮文庫)

  • 作者: 島尾 敏雄
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1981/01/27
  • メディア: 文庫

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