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「家族」という船に乗り合わせて~映画「長いお別れ」 [映画時評]

「家族」という船に乗り合わせて~映画「長いお別れ」

 

 年金のほかに2000万円の資産形成がいるとかいらないとか、議論がかまびすしい。しかし、もっと切実な問題がある。高齢化社会の進展に伴う、認知症患者の増大である。内閣府の調査では、2025年には65歳以上の5人に1人がなると見込まれている。映画「長いお別れ」は、この問題に焦点を当てた。

 70歳を迎えた父が、少しずつ記憶を失っていく。妻や娘を認識しなくなり、日常生活も困難になっていく。そんな父を、妻や娘はなおも父として認め、支えようとする。しかし、症状は加速度的に進み、ついに旅立ってしまう。そんな切ない、7年にわたる物語である。描かれたのは、家族という船に乗り合わせた者たちの情感と、それに基づく「つながり」である。それを「絆」と呼んだり、「共同体」と呼んだりするのは適切かどうか分からない。少し違っているようにも思える。

 厳格な教育者で、中学校の校長まで勤めた東昇平(山崎努)はこのところ認知症が進んでいる。妻の曜子(松原智恵子)は、相談のため娘を呼び寄せる。

 長女の麻里(竹内結子)はアメリカで夫・今村新(北村有起哉)と息子・崇(杉田雷麟、蒲田優惟人)とともに暮らしていた。1年以上たっても英語がうまくならない麻里は周囲とのコミュニケーションに悩む。研究者の夫は徹底した自己責任論者で、崇の不登校に悩む麻里に、クールな感想を漏らす。

 二女の芙美(蒼井優)は外食の店を開こうとするが、うまくいかない。バツイチの男性と付き合っていたが、ある日、別れた妻子との水入らずのシーンを目にして疎外感に陥ってしまう。

 娘二人が抱える問題は家族としての情感のつながりの希薄さに由来している。その二人と妻の曜子が、父の認知症という待ったなしの問題に直面し、何を感じて何を得るかを見つめた。

 山崎努の怪演は予想通りだが、閉塞感漂うモラトリアム状況の中の生き様をさりげなくナイーブに演じた蒼井優も評価したい。「彼女が知らない鳥たち」での複雑な内面の表現が思い起こされる。記憶を失い、徐々に家族から離れていく昇平と、悩みながらも家族から自立していく崇の背中がオーバーラップするラストシーンが印象的だ。

 原作は「小さいおうち」の中島京子。監督は「湯を沸かすほどの熱い愛」の中の中野量太。「小さいおうち」と同様、表面のほのぼの感の内側に何やら重いものを感じさせる秀作。

 

長いお別れ.jpg


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