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ナチの「悪」を見つめた人~映画「ハンナ・アーレント」 [映画時評]

ナチの「悪」を見つめた人~映画「ハンナ・アーレント」

 姜尚中と森達也が世界中の戦争の「記憶」をたどり対話を重ねた「戦争の世紀を超えて」(集英社文庫、2010年)の、一つのエピソードが記憶に残る。アウシュビッツで、ナチの食堂と死体焼却場が隣接していたというのだ。それほどホロコーストが日常の「作業」であったということだ。同書で姜尚中は次のようにも語っている。

 ――戦慄を覚えるのは、収容所の建設から、大量虐殺の方法の開発、さらにその組織的な執行の役割を担った責任者である(ルドルフ・)ヘスが、冷酷無残な「異常者」ではなくて、「心を持つ平凡な人間」だったということです。

 600万人と言われるユダヤ人虐殺は、平凡な人間たちによる日常的な作業として行われたと姜尚中と森達也は言っている。

 映画「ハンナ・アーレント」を観た。主要テーマは、まさしくこの点であった。ナチ親衛隊でユダヤ人強制収容所送りの責任者とされたアドルフ・アイヒマンが1960年、モサドによって南米で逮捕される。イェルサレムに送られ、裁判が始まる。既に著名な政治学者で哲学者であった米国在住のドイツ系ユダヤ人ハンナ・アーレント(バルバラ・スコヴァ)は裁判を傍聴し、長いリポートをニューヨーカー誌に寄せる。法廷のやり取りを聞く中で、彼女はアイヒマンが巷間言われるような悪のモンスターではなく凡庸な役人に過ぎないことを見抜く。彼女が見たのは、ホロコーストは善悪の思考の外側、モラルの崩壊のもとで行われ、組織的な悪とは違う、ということだった。彼女の「イェルサレムのアイヒマン」(みすず書房、1969年)から引用する。

 ――彼(注:アイヒマン)は常に法に忠実な市民だったのだ。彼が最善をつくして遂行したヒットラーの命令は第三帝国においては〈法としての力〉を持っていたからである。

 このリポートは、ホロコーストの時代を経験し、生き抜いてきたユダヤ人から猛烈な反発を受ける。彼女自身も収容所入りの経験を持つが、多くの批判を浴びながらも思想的な軸を変えることはなかった。彼女は戦後推進されたシオニズムとも一線を画す。

 東京裁判での日本の軍部の首脳たちの弁明を分析したものとして、丸山真男の「軍国支配者の精神形態」(平凡社「丸山真男セレクション」、2010年)がある。ここで丸山は「ファシズムはアブノーマルな精神状況と結びついている」とし、「ナチは異常者の集まり」であるのに対して日本の軍部指導者は最高学府や陸軍大学校を出た「秀才」の集まりであると、日独の違いを述べているが(これが、「無法な浪人たち」が日本の支配機構を動かす「無責任の体系」の論理へと展開されるのだが)、「既成事実への屈服」と「権限への逃避」という2点が彼らの行動原理であったという点は、ナチズムと変わらないように思える。

 たとえば武藤章・元陸軍軍務局長の裁判での答弁はこうである。

 ――軍務局長は陸軍大臣の一下僚に過ぎません。そしてかかる問題について命令を発する権能はありません。

 丸山自身が後段で述べるように、法廷でのやり取りを読む限り「法の支配」が行われていたかのような錯覚が起こるのである。

 ハンナ・アーレントは、ユダヤ人世論の猛烈な反発を受けながらも屈することはなかった。それが、ナチスドイツの「悪」を矮小化することなくとらえる道であったことは、今日では疑いようがない。この映画を見てあらためて思うのは、アーレントに比べて丸山史観の線の細さである。吉本隆明は「思想家というには、あまりにやせこけた、筋ばかりの人間の像がたっている」と丸山を評したが、それも否定できない面がある。

 軍国思想をいまだに生きながらえさせている昨今の政治状況(たとえば安倍晋三首相の靖国参拝)を見るにつけ、日本にアーレントがいなかったことの不幸をも、また思う。

 なお、映画では哲学の師であるハイデガー(彼は戦時中にナチに入党した)との関係が寸描されているが、政治思想的には彼女とハイデガーの関係は正反対であり、観る者の理解を得るには、もっと丹念な描き方が必要ではなかったかと思われる(映画では、ハイデガー復権にアーレントが手を貸したとも読める)。

 監督は「ローザ・ルクセンブルグ」のマルガレーテ・フォン・トロッタ。2012年、ドイツ映画。正面からがちっと作った映画である。

 ハンナ・アーレント.jpg

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