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「集団我」の境地に陥らない冷静さこそ必要 [濫読日記]

「集団我」の境地に陥らない冷静さこそ必要

 

「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」(鴻上尚史著)

 

 アジア・太平洋戦争末期の戦艦「大和」の沖縄「特攻」出撃について、艦の名付け親である昭和天皇は戦後、側近に「作戦不一致、全く馬鹿馬鹿しい戦闘であった」と語ったという(注1)。戦場でのいわゆる特攻の始まりは、19441025日の比島沖海戦での関行雄大尉の体当たり攻撃だとされている(注2)。このとき、関大尉は護衛空母(注3)1隻を撃沈した。しかし、その後の特攻で護衛空母でない正規の空母もしくは戦艦、巡洋艦を「撃沈」した記録は、日米双方の戦争資料を突き合わせた結果、見当たらない。

 理由は明らかで、戦艦もしくは空母を撃沈するには、例えばゼロ戦に搭載可能な250キロ爆弾では不十分であること、爆弾を抱えたまま航空機ごと突入した場合、揚力が発生して爆弾投下時より速度が落ち、威力が減衰するなどの技術的な問題が指摘されている。もちろんこのことは、特攻が始まった当初から現場のパイロットには周知のことだった。比島沖の特攻作戦を決断した大西瀧次郎中将はその後、特攻作戦を「統率の外道」と述べている。戦時の作戦とはいかに味方の兵士、兵器の損失を少なく、敵方のそれを大きくするかにかかっているとすれば、正直な感慨といえる。しかし一方で、多くの歴史資料から、「桜花」や「回天」といった特攻兵器の開発は比島沖の特攻作戦より早い時期から始められていたことが明らかになっている。なぜ、日本人は「特攻」にのめりこんでいったのか。

 鴻上尚史の「不死身の特攻兵」は、9回出撃して9回帰還したあるパイロットの行動をまとめた。敵艦への体当たりを前提にした作戦で、なぜ帰還できたのか。「死んで来い」という作戦はどのように実行されたのか。命令ではなく「志願」といいながら本当に「志願」だったのか…。

 書は4章に分かれている。第1章は、なぜ鴻上がこの問題にかかわったか、第2章は、高木俊朗の名著「陸軍特別攻撃隊」をベースにした「戦争のリアル」、第3章は、この書の主人公ともいうべきパイロット(驚くべきことに、鴻上が取材時、存命であった)へのインタビュー、第4章は、この問題への鴻上自身の思いをつづった「特攻の実像」。

 もちろん重要なのは第4章である。「特攻」をめぐる物語が戦後、まず「命令した側」から語られたこと、そこには戦中の軍上層部の保身意識が避けがたく働いたこと、その象徴例として、特攻は「命令」ではなく兵士の志願によって行われたと偽装されたこと。例えば、比島沖で特攻第一号となった関大尉は作戦を明かされ、数秒の沈黙ののち「少しのよどみのない明瞭な口調で」「私にやらせてください」と答えたというが(注4)、戦後40年たって、関大尉は「一晩考えさせてくれ」と答えたものの、「作戦は急を要する」と畳み込まれてやむなく引き受けた、という実像が明らかになった。大西中将の別の部下が証言したのである。志願を装いながら実態は強制的な命令であった。

 鴻上がここで強調したのは、とかく「特攻」像が「命令した側」によって美化され、「命令された側」の葛藤、苦悶が拭い去られたのではないか、ということである。「死んで来い」という命令に抵抗し、出撃しながら生還したパイロットの物語を残さなければならない、というこの書の動機もここにある。特攻で死んでいった人たちをだれも責めることはできないが、そのことで「命令した側」の責任が不問に付されるわけではないのだ。

 鴻上は書の末尾で、社会心理学者南博氏の「集団我」という言葉を紹介する。集団と自我が一体化し、集団を運命共同体とする意識である。日本人はこの「集団我」の境地に陥りやすい。そういう状況に立ち至ったら、その状況を「所与のもの」とはせず、冷静に自我を取り戻す努力をする。鴻上はこのことを強調してこの物語を閉じている。これは遠い過去のことではなく、今日の我々が状況と向き合うために必要な腹構えとして受け止めるべきであろう。

講談社現代新書、880円(税別)。

 

(注1)「特攻―戦争と日本人」(栗原敏雄著、中公新書)。引用の原本は「昭和天皇独白録」。「大和」の出撃を「特攻」と見るかは議論がある。

(注2)「レイテ戦記(上)」(大岡昇平著、中公文庫)

(注3)護衛空母は民間から船舶を徴用、航空機が発着できるよう改造したもので、輸送船団の警護に使われた。鋼鈑の厚さは民間船舶並みで、正規の空母とは比較にならないという。

(注4)戦後ベストセラーになった「神風特別攻撃隊」から。大西中将の部下が著した。「命令した側」からの「特攻」像である。



不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか (講談社現代新書)

不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか (講談社現代新書)

  • 作者: 鴻上 尚史
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/11/15
  • メディア: 新書

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