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転形期の思想に立ち戻ってみよう~濫読日記 [濫読日記]

転形期の思想に立ち戻ってみよう~濫読日記

 

「一九五〇年代、批評の政治学」(佐藤泉著)

 

 1950年代に発言した3人の思想家を取り上げた。なぜ1950年代か。著者の答えは明確である。

 

 ――この時代が、戦後史の落丁のページとなっているように感じられる。

 ――戦後という大まかな物語が「平和と民主主義」「日米関係」「経済成長」「経済大国化」「バブル経済」「失われた二〇年」といった言葉を小見出しにして語られるなめらかな物語だとすると、その戦後のイメージが固定したとき、その流れに不和を突き付け、別の未来を構想していた言葉はおのずと位置付けにくくなる。だが、だからこそ、長い戦後が行き着いた果ての袋小路に突き当たっている私たちにとって、不和の声たちが思い描いてきたもう一つの歴史が必要ではないかと思われてならない。(いずれも「はじめに」から)

 

 オバマ米大統領が2016年5月27日広島を訪れ、平和公園で被爆者を抱擁した場面を、政治学者の白井聡は「無惨」と形容した。それは原爆投下以来、日米の共犯関係のもとで築き上げた「平和と民主主義」の戦後思想が行きついた地点でもあった。このとき、白井が感じた戦後思想の「無惨」と、佐藤がいう「長い戦後が行き着いた果ての袋小路」は、相通じるものがある。ここで、佐藤が必要という「もう一つの歴史」を思い描いてきた「不和の声たち」とは誰か。

 佐藤は、3人の思想家を取り上げる。竹内好、花田清輝、谷川雁。共通点は何か。戦中から戦後の、のっぴきならない価値の転換の時代に、上着を脱ぎ捨てるように「思想」を取り換えなかった人たち。バスを乗り換えるように「なめらかな」戦後を走ってこなかった人たち。言い換えれば、彼らの思想が「落丁」の中に閉じ込められたことで、戦後思想は何を忘却してきたか。それを問うたのが、この著作である。

 竹内は戦中戦後を通じて、アジアにこだわった。いうまでもなくアジア・太平洋戦争は中国への侵略に始まり、米英に対するアジア解放闘争(もちろんそれがどれだけの内実を持ちえたかは疑問だが)の側面があった。花田は戦中、中野正剛の結社「東方会」の機関紙編集に携わり、戦後は「コミュニスト」に転じた。この経歴をめぐって吉本隆明と激烈な論争を繰り広げたが、花田も、過去を切り捨てるという方法を取らなかった。佐藤は、花田の思考の特性を「二つの焦点を持った楕円」「灰色の世界=白でも黒でもない世界」ととらえ「形式論理とは異質」とした。このことは花田の「戦争責任にも『灰色』はある」という論理に発展する。

 3人のうち、圧巻は谷川雁である。この著書は「3人の思想家」という体裁こそとっているが、実は谷川のために構想されたものではなかったか、とさえ思われる。2009年に「谷川雁セレクション」(上下2巻、日本経済評論社)が編まれたが、「上」の巻末に解説を寄せたのは佐藤だった。

 谷川は1960年、総資本対総労働の戦いといわれた三井三池争議で大正行動隊を組織、後退戦の中で「サークル村」運動を展開した。谷川は強烈な磁場を持つ言葉を発し続け、「詩と政治」の結合をもたらしたが、視線の先にあったのは、資本主義経済に覆われる以前の郷愁に満ちたアジア共同体の「かけら」であった。60年代初頭、「資本の論理は、生産過程のみならず、それを越えて消費、再生産の過程まで包摂し」ようとしていた、ととらえた谷川のアンテナを、佐藤は「慧眼」としている。その後、日本には大衆消費社会が到来するのだが、その予兆に対して既に谷川は「ノー」を発したのである。このときとられた「退職戦術=雇用の論理を超えた闘争の論理の構築」と「地底座り込み=占拠」の思想は60年代末の大学闘争へと明確に引き継がれた。

 谷川が「共同体」について論じるとき、そこにはアジアの村が念頭に置かれている。それを掘り出し、語り継ぐという行為がサークル村活動の基盤になった。

 佐藤は「おわりに」で、3人が共有した時代は「戦後史の方向がいくつもの可能性に向けて開かれていた時期」であり「『今』が歴史の岐路だという感覚があった」―即ち「転形期」であった、という共通認識があったと指摘した。戦後という時代が一回りして閉じようとしているいま、あらためて転形期の思想に立ち戻ってみる意味はあるだろう。

 中央公論社、2000円(税別)。

 

一九五〇年代、批評の政治学 (中公叢書)

一九五〇年代、批評の政治学 (中公叢書)

  • 作者: 佐藤 泉
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2018/03/27
  • メディア: 単行本

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