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入れ子構造の理由が今一つ不明~映画「アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語」 [映画時評]

入れ子構造の理由が今一つ不明~

映画「アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語」

 

 物語は二つの時代を行き来する。一つは1870年代のロシア。もう一つは1904年の満州。トルストイの名作「アンナ・カレーニナ」の舞台とその30年後が入れ子構造になっている。

 満州の野戦病院。軍医として派遣されたセルゲイ・カレーニンのもとへ、重要人物とされる負傷将校が送られる。「アレクセイ・ヴロンスキー」という名前を見てセルゲイは愕然とする。忘れもしない、母を死へと追いやった人物だった。平静を保ちながらセルゲイは、母の最期の様子を尋ねた。そこから二人の記憶は30年前にさかのぼっていった…。

 冬のモスクワ駅で偶然、アンナを見かけたヴロンスキーはただならぬものを感じた。そこから二人は恋に落ちていく。舞踏会での二人の舞、馬術大会で落馬したヴロンスキーを見て取り乱すアンナ。夫のカレーニンもさすがに不審を持ち始める。心中を隠そうとしないアンナの奔放な振る舞いに、ロシア社交界も白眼視し始めていた。

 この辺りは、「アンナ・カレーニナ」そのままであろう。半世紀以上も前に読んだのだから細部は憶えていない。封建的な社会の中で一人の女性が至上の愛を貫き、悲劇的な死を遂げるという物語だった。

 記憶が30年の時を行き来するうち、日本軍が迫ってきた。セルゲイらは退却の準備を進める。ヴロンスキーにも同行を求めるが、将校として踏みとどまり、敵を迎えるという。別れ際、セルゲイに「アンナは生きているかもしれない。私が見たのは人違いだったかもしれない」と言い残す。

 もちろん、そんなわけはないのだが、アンナを失ったヴロンスキーは既に生きる気力を失っていたかのようだ。戦場でも、進んでわが身を敵の砲弾にさらす素振りさえ見せる。しかし、アンナの子であるセルゲイ(ヴロンスキーではなく夫カレーニンとの子)には生きてほしいと願っている。その心根が別れ際のセリフになったのではないか。

 「アンナ・カレーニナ」自体は何度も映画化された。グレタ・ガルボの主演作は特に名作といわれた。「風と共に去りぬ」のヴィヴィアン・リーも演じた。それをもう一度、というのは目新しさがないと思ったのだろうか。それにしても「入れ子構造」にした動機が今一つ明らかでない。ヴロンスキーから見た別のアンナ・カレーニナがスクリーンに立っているのなら理解できるのだが。しかし、トルストイの原作に挑戦というのは少し無謀な試みではあろうが。その辺が気になる作品ではあった。

 2017年、ロシア。製作国が本家、つまりロシア語の「アンナ・カレーニナ」であるところが最大の見どころか。

 

アンナ・カレーニナ.jpg


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