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「静かな沈滞」をよしとする思想~濫読日記 [濫読日記]

「静かな沈滞」をよしとする思想~濫読日記

 

「いま、松下竜一を読む やさしさは強靭な抵抗力となりうるか」(下鴨哲朗著)

 

 この書の発行は2015年3月である。したがって、表題の「いま」は、2011年の3.11を体験した「いま」である。著者は松下竜一の思想を、ポスト3.11を考えるうえでの重要な示唆として、この書を上梓したのであろう。

 竜一は九州・中津の豆腐屋の長男として生まれた。高校での成績はよく、東京大の文学部を目指すほどであったというが、そのころ母を亡くした。貧しい豆腐屋のやりくりが肩にのしかかった。大学進学をあきらめ、父と豆腐作りに励む。貧困の中、鬱積する思いを短歌に託して新聞に投稿、注目を浴びる。日常の喜怒哀楽をつづった「豆腐屋の四季」を出版した。

 やがて豊前海岸の火発建設反対闘争に取り組む。環境権を掲げ、住民運動にのめりこんだ。ここからは無人の野を行くがごとき、である。筑後川のダム建設反対を唱え、異様な城塞「蜂の巣城」を築いた室原知幸の闘いを描いた「砦に拠る」、大杉栄と伊藤野枝の遺児の自立を追った「ルイズ――父に貰いし名は」…。甲山事件や東アジア反日武装戦線にも迫った。一見して、それは無軌道とさえ思える。

 しかし、そこには確かな「水脈」があった。それが、標題にある「やさしさは強靭な抵抗力となりうるか」だった。幼い竜一が母から教えられた言葉という。体が弱かった竜一に母は「強くなれ」とは言わず、ただ「優しくあれ」と言った。こうして育った竜一は貧困に続いて豊前海岸埋め立てという強大な力を目前にする。「やさしさ」を拠点として抵抗の砦は築けないか。これが終生のテーマになった。

 体が弱かった竜一は「本の虫」になった。図書館よりも貸本屋の講談全集を乱読した。こうして身に着けた語彙や語りの調子が、その後のノンフィクションに生かされた。

 著者(下鴨)が、竜一との初対面の印象を書いている。

 ―-なんと淋しげだ。そしてなんと哀しげだ。けれどもああ、なんとやさしく語りかけてくる眼差しだろうか。(第4章 本好きにする本)

 しかし、竜一はけっして貧しさを恥じてはいないことは全編からにじみ出ている。ある集会で、自身の出生地・中津についてこう書いている。

-(豆腐屋が淘汰されずに生き残ったこの町は)変化にうとい、住みよい、安定した静かな沈滞が象徴されている。(第2章 暗闇の思想)

 「静かな沈滞」は恥ずべきことではなく、私たちに住みやすさをもたらすものだと言っている。彼が亡くなって7年後に福島原発事故は起きた。そしていま、「海を殺すのか」と叫んだ豊前海岸の火発反対闘争は、沖縄・辺野古の埋め立て反対闘争に重なる。不安定でひたすら消費を強いられる時代に「やさしさ」と「静かな沈滞」を叫ぶことの重要性を、松下竜一の思想は教えてくれる。

 岩波書店、2300円。

 


いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

いま、松下竜一を読む――やさしさは強靭な抵抗力となりうるか

  • 作者: 下嶋 哲朗
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2015/03/20
  • メディア: 単行本

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