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事実とフィクションが入り組んで~濫読日記 [濫読日記]

事実とフィクションが入り組んで~濫読日記

 

「HHhH プラハ、1942年」(ローラン・ビネ著)

 

 タイトルからして謎めいている。しかし、この謎解きの答えは文中だけでなく、表紙裏や巻末の訳者あとがきでも触れているので、本当の意味での謎ときにはなっていない。残念である。そのうえで、念のためここでも明かしておくと、Himmlers Hirn heiβt Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる)の頭文字である。

 ヒムラーによって見いだされ、ナチ親衛隊の特別行動隊(といえば聞こえはいいが、治安と諜報活動のための虐殺部隊)の創設者としてのし上がっていくハイドリヒ。やがて古くからドイツ人の入植地として知られたベーメン・メーレン保護領(ボヘミア・モラヴィア=現在のチェコ)の副総督に赴任する。容赦ない治安維持活動と反ユダヤ人政策の遂行(ハイドリヒはユダヤ人問題最終解決の策定・推進者として知られる)に、在英の亡命チェコ政府は二人の兵を送りこむ。ハイドリヒ暗殺計画「類人猿作戦」が水面下で進められる。

 一つの暗殺計画の顛末を書くだけなら、ストーリーは複雑ではない。しかし、ローラン・ビネの語り口が尋常ではないのだ。ハイドリヒと暗殺計画を担う兵士と、そして時間を軽々と飛び越え、あちこちで「わたし」が顔を出す。断片的な事実と、それを取り巻く解釈が入り組む。時に「現在」さえ表記に顔を出す(最後の教会での攻防は「2008年」のことだ。なぜそうなのかは推測がつくが)。

気を付けなければならないのは、事実の断片に見えたものがフィクションであり、事実の注釈に見えたものがフィクションであったりすることだ。事実とフィクションの境目が見えなくなる。これはノンフィクションなのか、フィクションなのか。それらが絡み合った森を行くようだ。あるいは、玉ねぎの皮をむいている感触。事実の積み重ねの中で「わたし」が顔を出し、フィクションが生まれる瞬間を、読者は体験するといったほうがいいだろうか。こうした傾向を、著者自身は「細部へのこだわり症」といっている(「訳者あとがき」から)。

ニュージャーナリズムで「ノンフィクションノベル」というのがある。ノンフィクションを小説の語り口で書こうとする試み。ここにあるのはそれではない。むしろ逆だ。小説をノンフィクションの手法で書こうとする。それに近いだろう。各所で「わたし」が顔を出すのも、そうした効果に一役買っている。

 こうした語り口の複雑さの中で、一見無関係にも思えるプラハの街の美しい表情(「雨の指を持つプラハ」という表現が気に入っている)、中欧の歴史が古い建物を包む蔦のように絡んでくる。スターリンとトゥハチェフスキーの確執も、なぜか長々と出てくる。「歴史もの」にとどまらず、衒学的で読む楽しみにあふれた一冊である。

 東京創元社、2600円(税別)。


HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

  • 作者: ローラン・ビネ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/06/29
  • メディア: 単行本

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