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普通の日常にこもる悲喜こもごも~映画「希望の灯り」 [映画時評]

普通の日常にこもる悲喜こもごも~映画「希望の灯り」

 

 映画を観るとき、つい山あり谷ありのストーリーを期待してしまう。この「希望の灯り」には、そんなものはない。出てくるのは普通の人ばかりだし、男女のきわどい恋愛沙汰があるわけでもない。日常が淡々と描かれているだけだ。だからといって平板なわけではない。観るものを引き付ける何かがある。その感覚は、たとえばアキ・カウリスマキのようでもあり、小津安二郎のようでもある。

 旧東独ライプチヒ近郊にある大きなスーパー。一人の男が働き始める。無口で背中にはタトゥーが入っていた。在庫管理が、この男クリスティアン(フランツ・ロゴフツキ)に与えられた仕事である。フォークリフトの操作から覚えなければならなかった。飲料セクションのブルーノ(ペーター・クルト)に、一から教えてもらう。幸い、彼は人情味ある男だった。

 ある日、ブルーノは東独時代のことを話し始めた。スーパーは元々運送会社で、彼も長距離トラックの運転手だった。「あのころはいい時代だった」と回想するブルーノ。

 そのうち、菓子売り場のマリオン(サンドラ・フラー)と仲良くなった。彼女は所帯持ちだった。恋心を抱きつつも、クリスティアンにはどうすることもできなかった。そのうち勤務時間帯が変わり、マリオンは離れていった。荒廃した心を抱えてクリスティアンはかつての悪友との交友を再開、泥酔してしまう。

 見かねたブルーノは、クリスティアンを自宅に呼び、少年時代に悪事を重ね刑務所にいたことを聞きだす。しかし、ブルーノは「お前はいいやつだ」「みんなもそう思っている」と励ます。こうしてクリスティアンは、スーパーの仕事に戻っていく。

 そこへ、悲しい知らせが入った。ブルーノが自殺をしたのだ。

 ブルーノに代わって飲料セクションの責任者になったクリスティアンは、わずかな希望を胸に働き始める…。

 作品全体のトーンは、悲しみである。冷戦の終結、東西ドイツの統合、こうした歴史の歯車にほんろうされて人々は生きていかねばならない。しかし、どうにもならない過去を嘆くより、目の前にある日常を誠実に生きることで希望を見出す。そんな心象風景が描かれる。

 東独時代を「いい時代」ととらえ、いまを生きる希望を見いだせないブルーノ。不良少年から再起の道を歩むクリスティアン。夫の暴力に耐えながらも、瀟洒な住宅に住むマリオン。誰が勝者で誰が敗者か。そんなことも考えさせる人間の配置図。一見さりげなく、実は奥深い。

 2018年、ドイツ。原題は「In den Gangen(通路で)」。スーパーの通路で展開される普通の人たちの人生模様を描いた、ということだろう。味わいがある。

 

希望の灯り.jpg


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