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冷戦下、崩せない「壁」があった~映画「COLD WAR あの歌、二つの心」 [映画時評]

冷戦下、崩せない「壁」があった~

映画「COLD WAR あの歌、二つの心」

 

 アンジェイ・ワイダ監督の名作「灰とダイヤモンド」は1945年、ドイツが降伏した直後2日間のポーランドを舞台とした。戦争が終わった解放感ではなく、虚無と絶望が入り混じったポーランドを描いた。ソ連の独裁者スターリンによって国の行方が力ずくで定められたからである。そしてこの国では1948年、統一労働者党というソ連の傀儡政権による一党独裁体制が成立した。「COLD WAR あの歌、二つの心」は、その翌年から1964年までの物語である。

 民族歌舞団の結成のため、団員選考を担当していたヴィクトル(トマシュ・コット)は少女ズーラ(ヨアンナ・クーリグ)と出会う。彼女は私生活で問題を抱えていたものの、美しい声は魅力的だった。最終的にズーラは団員に選ばれ、歌舞団は各地を巡演した。歌も踊りも次第に洗練され、党からも注目される。そして、最高指導者スターリンの讃歌も演目にいれるよう、注文がついた。

 こうした団の在り方に疑問を持つヴィクトルは亡命を計画、ズーラにも同行を求めるが、彼女は決断がつかず、待ち合わせ場所に現れなかった。1954年のパリ。ヴィクトルはクラブでジャズピアニストとして生計を立てていた。それから3年後、イタリア人と結婚して合法的にポーランドを出たズーラが現れる。しかし、彼女はヴィクトルとの結婚を決断できず、再びポーランドに戻る。ヴィクトルもまた、彼女の後を追った。

 1959年、祖国への裏切りによって懲役15年の刑に服するヴィクトルと面会したズーラは、拷問のためか、刑のためか、ヴィクトルの指が再びピアノを弾けないことを知る。彼の減刑を求め、ある村の荒れ果てた教会で二人だけの結婚式に臨み、祭壇には睡眠薬が並べられていた…。

 ストーリーを追えば、こんな感じである。端正なモノクロ映像で物語は淡々と進む。テーマ曲ともいえる「Dwa Serduszka(二つの心)」がさまざまなヴァージョンで歌われ、演奏される。あるときは民族的な楽曲として。あるときはジャズ風なアレンジで。いずれも、とても美しくスクリーンに流れる。タイトル「COLD WAR」がずしりと重みを増す。COLD WAR(冷戦)が二人の心を引き裂いた、と読めば分かりやすいが、そうではないだろう。亡命を繰り返し、故国を捨て、それでも心には崩せない「壁」=冷戦の影=があった。そんな作品である。

 別の見方をしてみよう。浮世の事情で別れようとして別れきれない二人が未練の末に心中する。なんとも日本的な心性の映画ではある。

 前作「イーダ」で評価を高めた監督パベウ・パブリコフスキはエンドロールで「両親に捧ぐ」と入れた。どこまでの事実が盛り込まれたかはよく知らないが、1957年ポーランド生まれの彼にとって、両親の生きざまは「時代の証言」として何らかの形で映像に残しておきたかったのであろう。

 2018年、ポーランド、イギリス、フランス合作。

 

cold war.jpg


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