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天皇主義者と反・天皇主義者~濫読日記 [濫読日記]

天皇主義者と反・天皇主義者~濫読日記

 

「三島由紀夫と天皇」(菅孝行著)

 

 「待っていたのはあなたじゃない」―。冒頭、著者・菅は太宰治の戯曲のセリフを引く。19466月に発表された。「あなた」とは。占領国アメリカ、媚びる自国の権力者、敗戦で荒廃した大衆…。では、三島由紀夫にとっての「あなた」とは誰だったか。自己の神格を否定、人間宣言をした天皇ではなかったか。こうして三島の戦後が始まる。25年後、この作家は「自刃」という異様な最期を遂げた。「三島」の25年間を読み解いたのが、この一冊である。

 菅は、思想的に三島と全く逆の位相にいる。1939年生まれ。吉本隆明論や鶴見俊輔論、竹内好論を書いてきた。天皇制にも触れたが、タイトルは「天皇制―解体の論理」である。反・天皇制に立つ批評家が、神格天皇の復活を激しく願った三島とどう交わったか。

 いうまでもなく天皇は、「神」であることで多くの兵士を特攻機に乗せ、戦地へと送り出した。その本人が「実は人間でした」と言い、戦後を生き延びた。ここに三島は欺瞞を感じた。決定的な不信は戦後社会への不信でもあった。しかし、生じる怒りと反発は、他の戦後作家とは遠くかけ離れていた。逆に言えば、こうした内的断層を抱えたため、三島は作家でありえた。菅は一つの仮説を立てる。以下、要約。

 ――三島の創作のモチーフは、ほぼことごとく理念としての天皇への愛と生身の天皇への憎悪に引き裂かれた自身の葛藤・軋轢を起源としている。その葛藤を作品内部で解決できなくなった結果が、自衛隊での割腹死である。

 三島の作品を追い、この仮説が緻密に展開される。しかし、「作品内で解決できなくなった結果としての割腹死」という部分は複雑だ。菅は226事件の磯部浅一「獄中手記」に思いを飛ばす。蹶起の志を聞き入れなかった天皇を怒り、この上は自らが神となるとした手記である。菅は、割腹死は単なる諌死ではなく、天皇になり替わる―天皇霊の略取の目目論見ではなかったかと大胆に迫る。

 しかし、精神世界の亀裂を自らの肉体にまで降ろしていくのは並みの思考ではない。ここはもちろん、緻密な作業が必要になる。

 三島の「英霊の声」は、天皇の命で死地に向かった兵士たちの呪詛の声を小説にした。兄神は2・26事件の蹶起将校を思わせ、弟神は特攻兵士を思わせた。恨みの強さに、霊媒は死ぬ。顔は何者かのあいまいな表情に変わる。作家の瀬戸内晴美(当時)は、天皇ではないかと悟る。怒りの声は、天皇自身に届くことはなく、霊媒の死にとどまる。弑逆(しいぎゃく、王殺し)などありえない。そこが天皇主義者の所以なのである。

 60年安保そのものに、三島はさほど関心を抱かなかったという。作品と自己との間には画然と線引きがなされていたと思える。ただ、山口二矢の浅沼稲次郎暗殺事件には心を動かされたに違いない、と菅も推測する。この事件に関心を示した作家がもう一人いた。大江健三郎である。ただ、二人の視角は全く違った。

 60年代に入ると、三島の関心は行動に移った。そして三島にとっての大事件が起きた。68年の新左翼「暴動」である。抑えきれなかった機動隊に代わり自衛隊の出動は必至とみて、左翼勢力鎮圧のため三島は「民兵」として加わる覚悟をする。しかし、翌年は機動隊に抑え込まれた。出番がなくなった自衛隊は、憲法改正による「米国の傭兵」からの脱却の機会を失ったとして、三島は70年、市ヶ谷で蹶起する。

 これは自刃か諌死か。さまざまな説がある中で菅は「それ以上のものを目指した」として「天皇霊の略取」説を取った。藤田進は「天皇制国家の支配原理」で戦後天皇制を「買弁天皇制」と名付けたが、三島はそこから天皇霊のわが身への降臨=救済をもくろんだというのである。

 20168月、平成天皇は生前退位を暗に求めるメッセージを発した。菅はこれを三島の行動と、現行天皇制への批判という点で通じるという。ともに、戦後における天皇の霊性を信じた行動であるというのである。もちろん、菅はこのことを認めているわけではなく、国家の霊性の排除と共和社会実現のため、人間と人間の信任こそが社会にとって重要だといっている。

 94P、「1948年、三島は法務省を退職して作家生活に入り」は、よく知られているように大蔵省(現・財務省)の誤り。労作だけに惜しい。

 平凡社新書、900円(税別)。

 

三島由紀夫と天皇 (平凡社新書)

三島由紀夫と天皇 (平凡社新書)

  • 作者: 菅 孝行
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2018/11/17
  • メディア: 新書

 


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