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歴史の中の人間を浮かび上がらせた~濫読日記 [濫読日記]

歴史の中の人間を浮かび上がらせた~濫読日記

 

「近現代日本史との対話【戦中・戦後―現在編】」(成田龍一著)

 

 当ブログで先に掲載した「近現代日本史との対話【幕末・維新―戦前編】に続く、近現代日本を俯瞰した通史の後半部分である。標題からも分かるように、前半は1930年代、満州事変によって日本が一気に暗い時代へと突入するところで終わっている。それを受けて後半は30年代、日中戦争から米英との戦争へとところから始まる。

 つまり、近現代日本を二つに分ける場合、分岐点は45年8月の敗戦にあるわけではないことを、著者は2部構成のかたちの中で語っている。もちろんこれは、分量の都合などによるものではない。

 著者は近現代史を、「システム論」を用いて分析を試みるが、ここでもその手法で説明するのが分かりやすいだろう。明治以降の動きをまずAⅠ、AⅡで説明している。前者は国民国家形成の時代、後者は植民地主義による帝国主義国家形成の時代と読める。そしてBⅠは30年代の昭和恐慌から55年、つまり55年体制が始まるころまで、BⅡは55年から73年まで。システムBという大きなくくりでいえば、1930年から73年までを一つの「時代」と見ることができるということだ。

 なぜそうなるのか。キーワードは「国家総動員体制」である。30年代から日本は限りなく社会主義に近い形になった。戦争に総力を挙げるため、国家主導の経済計画が立てられ、食糧配給制による強制的同一化が行われ、大政翼賛システムによって世論の統合が図られた。清沢洌は「暗黒日記」で「共産主義的な徴候」と記した(P83)。システムBの時代とは、人間を「資源」として見ることで動員対象とした時代でもある。これらの社会システムは敗戦によって全面転換されたかといえば、そうではなかった。官僚組織は温存され、戦時のプロパガンダ体制も生きのびた(この辺はジョン・ダワー著「昭和」が詳しい)。

 社会システムとしては戦中も戦後も、それほど変わらなかったのである。変わったのは戦争という「公」のためか、経済という「私」のためか、である。こうして国家総動員体制に支えられた戦後日本は高度経済成長を遂げた。目的が宙づりにされたまま(20P、映画「五人の斥候兵」)、団結することで戦った日中戦争と、幸福とは何かを問わないまま、アメリカ的裕福さを追い求めた戦後とは、よく似た構造を持つのである。明治維新以降、国民国家形成にまい進した結果が、60年代から70年代初めにかけての高度経済成長に行き着いたともいえる。

 

――戦後は「ゼロ」からの出発点ではなく、また、「近代」の単純な再試行でもありません。「戦後」といったとき、総力戦のもとで変化した社会がすでにあり、そこが出発点となっています。(175P)

 

 では、その後の時代をどう見るか。

 著者は、73年から95年までを一つのシステムと見る。

 80年代は、一言でいえば新自由主義が吹き荒れた時代だった。国鉄、電電、専売が民営化され、中曽根康弘政権は私的諮問機関による政策決定でトップダウン型政治を確立させた。中曽根は「戦後政治の総決算」を掲げたが、思想界でも戦後思想から現代思想への転換が語られた。田中康夫の「なんとなくクリスタル」をはじめ、消費社会をおう歌する小説がもてはやされた。

 阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起きた95年は、こうして「戦後・後」が語られる画期となった。沖縄で米兵による少女暴行事件が起き、県民の怒りが渦巻いた年でもあった。加藤典洋著「敗戦後論」では、内に向かって死者を悼む心と、外に向かって謝罪・反省する心の「ねじれ=『無辜の死者』と『英霊』を悼む心のねじれ」が問われた。「ポスト戦後」が問われる時代に入ったことが意識されたのである。

 この後「<いま>の光景」として9.11や東日本大震災が語られるが、やはり「いま」に近すぎるため、「歴史」として定着させるには少々時間がかかるだろうことは予測できる。

    ◇

 「あとがき」で成田はこう書いている。

 ――ややこしいいい方になりますが、メタ通史に対応し、それを私の視点と作法から叙述した「通史」なのです。(529P)

 メタヒストリーという概念がある。歴史的事実を叙述するとき、その背後には一定のイデオロギーや視点が潜む。それをも含めて叙述するのが「メタヒストリー」という概念だろう。「通史」という入れ物を使いながらメタ通史でもありうる通史、というのが著者の主張であろう。簡単に言えば、歴史的事実を並べただけでなく、背景にある思想運動や文学をはじめとする芸術活動、映画やテレビドラマの変遷、それらにも目配りをして(やや手を広げすぎの観もあるが)人間を浮かび上がらせた、そういうことであろうか。

 

 集英社新書、1400円。

 

近現代日本史との対話【戦中・戦後―現在編】 (集英社新書)

近現代日本史との対話【戦中・戦後―現在編】 (集英社新書)

  • 作者: 成田 龍一
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2019/02/15
  • メディア: 新書

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原作に忠実だが、原作とは別物~映画「ナチス第三の男」 [映画時評]

原作に忠実だが、原作とは別物~映画「ナチス第三の男」

 

 世界的なベストセラー「HHhH プラハ、1942年」を映画化した。ローラン・ビネが描き出したナチ高官ラインハルト・ハイドリヒのプラハでの暗殺事件を、ほぼそのまま映像にした。しかし、ビネの原作の価値はストーリーテリングでなく虚実入り混じった複雑な文体にある以上、ビネの原作とセドリック・ヒメネス監督の映像作品は別物と判断したい。

 ハイドリヒ(ジェイソン・クラーク)はユダヤ人「最終計画」の策定者として知られ、ヒムラーの危険な右腕と恐れられた。それゆえに、ベーメン・メーレン保護領(ボヘミア・モラヴィア=現在のチェコ)の副総統に赴任した際には、在英の亡命チェコ政権の標的とされた。しかし、ヒットラーに「鉄の心臓を持つ男」と呼ばれたハイドリヒは、プラハの街をオープンカーのメルセデスで傲然と、時には護衛もなく走った。

 英国からひそかに送り込まれたヤン・クビシュ(ジャック・オコンネル)とヨゼフ・ガブチーク(ジャック・レイナ―)は、東方の三博士と呼ばれたレジスタンスの大物たちと連携、暗殺計画を実行に移す。しかし、スパイ映画やよくある戦争もののようにカッコよくは進まない。メルセデスの前に立ちふさがり、引き金を引いたが機関銃はうんともすんとも言わず、車の後方から投げた爆弾はわずかに標的をそれる。

 それでもハイドリヒは担ぎ込まれた病院で息を引き取る。その後は、ドイツ軍によるあらしのような報復作戦が始まる。この中で、犯人隠匿が疑われたリディツェ村の歴史に残る虐殺事件が起きる…。

 クビシュとガブチークらは教会に立てこもり最後の抵抗をするが、このあたりは、映画的に引き立つよう銃撃シーンが原作より派手目になっている。この点を除けば、ほぼ原作に忠実な作りである。しかし、冒頭に書いたように、ビネの原作がストーリーに頼ったものでない以上、映画と原作は別の地平に立っている、といわざるを得ない。

 また、原作では「わたし」という著者自身が介在するため暗殺される側とする側の視座の転換にそれほど抵抗がないが、「リアル」を追求した映像では、視点の位置の変更(二部構成にはなっているが)が気になってしまう。視座は一貫性を持たせるべきだろう。

 原題は、ヒットラーがハイドリヒに与えた名誉ある? 呼称「The Man with the Iron Heart」。2017年、フランス、イギリス、ベルギー合作。ちなみに、ハイドリヒの死後、ユダヤ人絶滅作戦の暗号名は彼への敬意を込めてラインハルト作戦とされた(「HHhH」379P)。

 

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事実とフィクションが入り組んで~濫読日記 [濫読日記]

事実とフィクションが入り組んで~濫読日記

 

「HHhH プラハ、1942年」(ローラン・ビネ著)

 

 タイトルからして謎めいている。しかし、この謎解きの答えは文中だけでなく、表紙裏や巻末の訳者あとがきでも触れているので、本当の意味での謎ときにはなっていない。残念である。そのうえで、念のためここでも明かしておくと、Himmlers Hirn heiβt Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる)の頭文字である。

 ヒムラーによって見いだされ、ナチ親衛隊の特別行動隊(といえば聞こえはいいが、治安と諜報活動のための虐殺部隊)の創設者としてのし上がっていくハイドリヒ。やがて古くからドイツ人の入植地として知られたベーメン・メーレン保護領(ボヘミア・モラヴィア=現在のチェコ)の副総督に赴任する。容赦ない治安維持活動と反ユダヤ人政策の遂行(ハイドリヒはユダヤ人問題最終解決の策定・推進者として知られる)に、在英の亡命チェコ政府は二人の兵を送りこむ。ハイドリヒ暗殺計画「類人猿作戦」が水面下で進められる。

 一つの暗殺計画の顛末を書くだけなら、ストーリーは複雑ではない。しかし、ローラン・ビネの語り口が尋常ではないのだ。ハイドリヒと暗殺計画を担う兵士と、そして時間を軽々と飛び越え、あちこちで「わたし」が顔を出す。断片的な事実と、それを取り巻く解釈が入り組む。時に「現在」さえ表記に顔を出す(最後の教会での攻防は「2008年」のことだ。なぜそうなのかは推測がつくが)。

気を付けなければならないのは、事実の断片に見えたものがフィクションであり、事実の注釈に見えたものがフィクションであったりすることだ。事実とフィクションの境目が見えなくなる。これはノンフィクションなのか、フィクションなのか。それらが絡み合った森を行くようだ。あるいは、玉ねぎの皮をむいている感触。事実の積み重ねの中で「わたし」が顔を出し、フィクションが生まれる瞬間を、読者は体験するといったほうがいいだろうか。こうした傾向を、著者自身は「細部へのこだわり症」といっている(「訳者あとがき」から)。

ニュージャーナリズムで「ノンフィクションノベル」というのがある。ノンフィクションを小説の語り口で書こうとする試み。ここにあるのはそれではない。むしろ逆だ。小説をノンフィクションの手法で書こうとする。それに近いだろう。各所で「わたし」が顔を出すのも、そうした効果に一役買っている。

 こうした語り口の複雑さの中で、一見無関係にも思えるプラハの街の美しい表情(「雨の指を持つプラハ」という表現が気に入っている)、中欧の歴史が古い建物を包む蔦のように絡んでくる。スターリンとトゥハチェフスキーの確執も、なぜか長々と出てくる。「歴史もの」にとどまらず、衒学的で読む楽しみにあふれた一冊である。

 東京創元社、2600円(税別)。


HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

  • 作者: ローラン・ビネ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/06/29
  • メディア: 単行本

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対峙すべきものは何か~映画「山 MONTE」 [映画時評]

対峙すべきものは何か~映画「山 MONTE」

 

 久しぶりに骨太の映画を観た。

 中世後期のイタリア。南アルプスのふもとに、その集落はある。険しい山々に陽をさえぎられ、作物はまともに育たない。村人はその地を捨て、出ていくばかりだった。しかし、アゴスティーニ(アンドレ・サルトッテイ)と妻ニーナ(クラウディア・ポテンツァ)、息子のジョヴァンニ(セバスティアン・エイサス=青年時)は踏みとどまる。祖先から引き継いだ土地、墓所を守るためだった。

 定住禁止令が出され、誰もいなくなった荒れ地で一家を待つのは貧困と飢餓だった。わずかな作物を街で売ろうにも、異端者扱いされる中では困難だった。何もかも失ったアゴスティーニらは、ついに山と対峙することを選ぶ…。

 これだけの話である。しかし、ここから解釈しうるものは数多い。アゴスティーニらを苦しめた「山」とは、何であろうか。良くも悪しくも人間の生活に制約をもたらす自然。それは「風土」とでも呼ぶべきものだろうか。すると、ここにあるのは風土と対峙する人間の営みという構図であろうか。

 あるいは、人間社会の外化されたもの。山が産み出した荒れ地にとどまることが異端とされる。このことは、共同体が「山」によって転倒、または畸形化され、荒れ地に広がる影のような新たな疎外者を生み出すことにつながっている、とも読める。

 かくして人間からも自然からも、そして神からも「疎外」された存在であるアゴスティーニとその一家は、自らを転倒されないために、山(とそれにつながるもの)を崩壊させる道を選ぶしかないのではないか。

 つるはし一本で険しい岩山に挑んだところで、山を崩壊させられるのか、といった見方は不要である。巨匠が描いた風景画や花の作品が実際の色彩と違っていたからといってそのことを指摘するだろうか。自分の書きたい色で風景を、花を描くだろう。それが表現というものだ。

 監督、脚本はイランのアミール・ナデリ。伊・米・仏製作。全編イタリアロケがきいている。

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米国にもいた「ナンバー2」の男~映画「バイス」 [映画時評]

米国にもいた「ナンバー2」の男~映画「バイス」

 

 ナンバー2の美学というのがある。毛沢東に仕えた周恩来が頭に浮かぶが、日本でも野中広務あたりが当てはまりそうだ。ナンバー1を目指さないことで、ある種の「強み」を得る。そこから逆に、ナンバー1を操ることもできる。どちらかといえば東洋的思想が産み出した「ワザ」のように思った。しかし、米国にもいた。ディック・チェイニー。のし上がることを美徳とするこの国で、なぜこのような政治家が生まれたのか。それを探ったのが「バイス」である。

 1960年代、イェール大学に入ったものの酒浸りで退学処分となったチェイニー(クリスチャン・ベール)は、作業員としてケンカと酒の日々を送っていた。後に妻となるリン(エイミー・アダムス)に尻をたたかれ一念発起、ワイオミング大に入り直し、ワシントンで生きていくことを決意する。

 永田町は権力と嫉妬の海といわれるが、ワシントンもそうだった。そこで下院議員ドナルド・ラムズフェルド(スティーブ・カレル、後に国防長官)と出会う。さまざまな政治の裏技を伝授されたチェイニーは、歴代の共和党政権下で大統領首席補佐官、国防長官を務めたが心臓に疾患があり、治療ののち故郷でひっそり趣味の釣りをしながら暮らす、はずだった。

 しかし、ジョージ・W・ブッシュ大統領(サム・ロックウェル)から執拗な誘いがかかる。副大統領になってくれないかというのだ。この時点で巨大な軍事民間企業、ハリバートンのCEOだったチェイニーは飾り物のポストは嫌だといったんは断る。それでもめげない大統領に、それではと「特別な副大統領」の提案を行い、そのまま受け入れられる。ここから、「史上最強の副大統領」と呼ばれたワシントンナンバー2の歩みが始まる…。

 9.11後の米国をイラク戦争へと導いたとされる政治家の、権力の裏も表も知る人物像をよくとらえた作品。監督、脚本、製作アダム・マッケイ。2018年、米国。チェイニー、ラムズフェルド、ブッシュと、日本でもよく知られた顔ぶれだが、それぞれの役作りの競演も見もの。


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「新元号」という名のカラ騒ぎ~社会時評 [社会時評]

「新元号」という名のカラ騒ぎ~社会時評

 

 マスコミの過熱ぶり

 新元号「令和」が決まった4月1日、日本列島は異様な熱気に包まれた。テレビは「発表まであと○時間○分○秒」とテロップを流し(菅義偉官房長官の会見自体が11分遅れたため、全く意味はなかったが)、新聞各紙が配った号外にはアリのように人が群がった。

 翌2日の朝刊各紙も、当然のように1面の横幅いっぱいを使ってこのニュースを報じた。礼賛の記事でほぼ埋められ、批判的な視点のコメントを発していたのは内田樹氏(思想家)と高村薫さん(作家)ぐらいだった。内田氏は朝日、毎日で(天皇主義者なので元号自体への批判はなく)、官邸による政治ショー化に焦点を当てていた。毎日の高村さんがより辛辣だった。新元号が万葉集に由来する理由が情緒的である、「令和」という組み合わせが、国民を律して和を図る、といった意味に取れて違和感を覚える、とした。

 テレビ各局も前日に続いて「新元号決定の内幕」をかなりの時間報じた。礼賛のコメントがあふれる中、テレビ朝日「モーニングショー」で本郷和人・東京大史料編纂所教授の辛口コメントが目立った。

 洪水のように情報が流される中で、目についた批判的な視点はこれぐらいだった。

 

 「新元号」をどう見るか

 本郷教授や高村さんが指摘するように、使われた「令」は、「よい」という意味より命令するという意味合いが強い。そのあたりを、2日付朝日の3面が伝えている。令の上半分、人の下に横棒は人を集めるの意。その下は人がひざまずいた形を表している。つまり、人を集め指示を出す光景を意味している。この行為が整然と行われることを指して「よい」とか「好ましい」の意味が派生している。どちらの意味も支配者目線である。これに、和やかという言葉をつければどうなるか。整然と支配が行われ民は和やかである、という意味になる。まさしく安倍晋三政権の体質をあらわしているといえよう。

 普通に見れば、以上のような受け止めが自然に思われる。しかし、こうした指摘は一部を除いてほとんどなかった。

 

 官邸による政治ショー化

 新元号を決めるにあたって安倍官邸は徹底的な情報統制を行った。事前の審議過程で漏れないよう緘口令を敷き、最終局面では携帯が使えないよう妨害電波まで流したとされる。なぜそこまでする必要があったのだろう。新元号が事前に漏れたぐらいでなんの不利益が生じるのか。考えられるのは、徹底的な情報統制をすることで決定過程を厳粛に見せることと、そのことで官邸の存在感を高めることぐらいだ。計算どおり、この政治ショーはマスコミの注目を浴びた。これは、内田氏の言うとおりである。

 官房長官会見に続いて安倍首相会見があった。そこでは「悠久の歴史と誇り高き文化、四季折々の美しい自然。こうした日本の国柄をしっかりと次の世代へと引き継いでいく」ことが強調された。格差と貧困にあえぐ日本の現状には目をふさぎ、万葉の美意識にたって悠久の日本を訴える。まるで戦中の日本浪漫派・保田與重郎の再来であった(もっとも、引用文が中国古典の「写し」であることが明らかになったが)。あるいは「現代版教育勅語」のようであった。果たして一国の行政の長がここまでやる必要があるのか。しかし、こうした危うさを指摘する声はどこにもなかった。

 

 皇民化・臣民化

 たかだか、元号ぐらいのことでなぜ日本列島は沸き立ったのか。そこに一種のアイデンティティーを求めたからではないか。テレビのコメンテーターは感極まって「歴史の変わり目に立ち会った」と述べた。しかし、間違ってはいけない。天皇制があるから元号は存在する。元号が変わることで味わう一体感とはあくまで皇民、臣民としての一体感であり、国民の一体感ではない。

 韓国の国会議長が慰安婦問題で「天皇謝罪」を求めたところ、官房長官は「無礼だ」と切り捨てた。そうだろうか。天皇はあくまで日本の天皇であってアジアの天皇ではない。韓国から見れば、官房長官の発言は、かつての植民地時代にあった日本の政治システムと価値観の押し付けと同じとしか見えないのではないか。

 新元号をめぐる日本列島のカラ騒ぎ、かつて天皇の軍隊によって侵略された経験を持つアジア各国にはどう映るのか。その報道はまだない。

 

 そうじていうなら、天皇の代替わりに乗じた安倍政権の政治ショー化と、それを無批判に報道するマスコミの無能さが目立った。それがこの2日間である。あるいは、「時の支配者」として安倍首相が現れ、それをマスコミ、大衆がこぞって礼賛するという構図にも見える。同時に、今回の騒ぎでは若者層の「没頭ぶり」が目立った。60歳代以上には天皇制の持つ負の側面が多少なりとも見えている。しかし、若い層になればなるほど、そこは見えていない。かつて戦争に至った過程を見ると、天皇自身の問題というより(天皇は無答責であり権力のブラックホールである)、それを取り巻く国民意識にこそ問題があるように思う。そのことはきちんと指摘されなければならないのではないか。

 


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