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戦禍の犠牲者はいつも弱者~映画「存在のない子供たち」 [映画時評]

戦禍の犠牲者はいつも弱者~

映画「存在のない子供たち」

 

 真っ先に戦禍の犠牲になるのは弱者、それも子供たちである。終戦直後の東京では路上や地下道に家も家族も失った子供たちが溢れた。沖縄戦では、ガマ(洞窟)の入り口で震える子供たちがいた。中東も例外ではない。終わることのない戦禍の最大の犠牲者は子供たちなのだ。ドキュメンタリー風の映像でそのことを正面から描いたのが「存在のない子供たち」である。主役の少年は訴える。「育てられないのなら生まないでくれ。僕らは地獄を生きている」と。

 ベイルートで暮らす12歳のゼイン(ゼイン・アル=ラフィア)は、地主を刺し殺し、罪に問われた。法廷で彼が訴えたのは、自分をこの世に生んだ両親の罪だった。

 ゼインには出生証明書がなかった。親が届けを出さなかったからだ。そのためまともな職に就けず、路上でいかがわしいものを売って暮らす日々を送っていた。ある日、エチオピア難民の子連れ女性ラヒル(ヨルダノス・シフェラウ)と出会う。彼女が働きに出た後、子の世話をするという約束で同居生活が始まった。しかし、ある日彼女は姿を消した。偽造した滞在許可証が期限切れになり、警察に捕まったためだ。

 ゼインは乳児を連れて必死に生きようとするがままならず、偶然出会った少女の話をヒントに国外脱出を計画。ブローカーに持ちかけるが身分証明書か出生証明書が必要だと告げられる。ゼインは自宅に戻り、必要な書類を出すよう求めるが「そんなものはない」と一蹴される。それどころか、11歳で地主と結婚?させられた妹サハル(シドラ・イザーム)が妊娠させられ、出産前に死んでしまったことを知る。

 怒りに燃えたゼインが殺人を犯し、法廷で「自分を生んだ罪」を両親に問うに至るのである。この裁判の過程で身分証を持たないゼインの実態が判明、彼はようやく身分証の顔写真を作る作業に臨み、最高の笑顔を見せる。

 監督はナディーン・ラバキー。レバノン出身でベイルートのストリートチルドレンの実態を熟知しているとされる。主役のゼイン(本名、役名同じ)も、シリアで生まれ内戦のため一家でレバノンに脱出。作中とほぼ同じ境遇に育ったといわれる。レバノン、フランス合作。

 

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冷戦下、崩せない「壁」があった~映画「COLD WAR あの歌、二つの心」 [映画時評]

冷戦下、崩せない「壁」があった~

映画「COLD WAR あの歌、二つの心」

 

 アンジェイ・ワイダ監督の名作「灰とダイヤモンド」は1945年、ドイツが降伏した直後2日間のポーランドを舞台とした。戦争が終わった解放感ではなく、虚無と絶望が入り混じったポーランドを描いた。ソ連の独裁者スターリンによって国の行方が力ずくで定められたからである。そしてこの国では1948年、統一労働者党というソ連の傀儡政権による一党独裁体制が成立した。「COLD WAR あの歌、二つの心」は、その翌年から1964年までの物語である。

 民族歌舞団の結成のため、団員選考を担当していたヴィクトル(トマシュ・コット)は少女ズーラ(ヨアンナ・クーリグ)と出会う。彼女は私生活で問題を抱えていたものの、美しい声は魅力的だった。最終的にズーラは団員に選ばれ、歌舞団は各地を巡演した。歌も踊りも次第に洗練され、党からも注目される。そして、最高指導者スターリンの讃歌も演目にいれるよう、注文がついた。

 こうした団の在り方に疑問を持つヴィクトルは亡命を計画、ズーラにも同行を求めるが、彼女は決断がつかず、待ち合わせ場所に現れなかった。1954年のパリ。ヴィクトルはクラブでジャズピアニストとして生計を立てていた。それから3年後、イタリア人と結婚して合法的にポーランドを出たズーラが現れる。しかし、彼女はヴィクトルとの結婚を決断できず、再びポーランドに戻る。ヴィクトルもまた、彼女の後を追った。

 1959年、祖国への裏切りによって懲役15年の刑に服するヴィクトルと面会したズーラは、拷問のためか、刑のためか、ヴィクトルの指が再びピアノを弾けないことを知る。彼の減刑を求め、ある村の荒れ果てた教会で二人だけの結婚式に臨み、祭壇には睡眠薬が並べられていた…。

 ストーリーを追えば、こんな感じである。端正なモノクロ映像で物語は淡々と進む。テーマ曲ともいえる「Dwa Serduszka(二つの心)」がさまざまなヴァージョンで歌われ、演奏される。あるときは民族的な楽曲として。あるときはジャズ風なアレンジで。いずれも、とても美しくスクリーンに流れる。タイトル「COLD WAR」がずしりと重みを増す。COLD WAR(冷戦)が二人の心を引き裂いた、と読めば分かりやすいが、そうではないだろう。亡命を繰り返し、故国を捨て、それでも心には崩せない「壁」=冷戦の影=があった。そんな作品である。

 別の見方をしてみよう。浮世の事情で別れようとして別れきれない二人が未練の末に心中する。なんとも日本的な心性の映画ではある。

 前作「イーダ」で評価を高めた監督パベウ・パブリコフスキはエンドロールで「両親に捧ぐ」と入れた。どこまでの事実が盛り込まれたかはよく知らないが、1957年ポーランド生まれの彼にとって、両親の生きざまは「時代の証言」として何らかの形で映像に残しておきたかったのであろう。

 2018年、ポーランド、イギリス、フランス合作。

 

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曖昧な記憶、断片的な事実~映画「赤い雪」 [映画時評]

曖昧な記憶、断片的な事実~映画「赤い雪」

 

 いったんは迷宮入りした30年前の事件。真相解明に執念を燃やす一人のライターがいた。語られる記憶はいずれも断片的だ。そして、それぞれに秘密を隠しながら絶望的な日々を生きる関係者たち。

 雪の降る日、一人の少年が消えた。嫌疑をかけられた女性、江藤早奈江(夏川結衣)は黙秘を貫き、無罪となった。少年の兄、白川一希(永瀬正敏)は弟を追って雪道を走ったが、途中から記憶はすっぱりと抜け落ちていた。代わりに、赤い雪が記憶を覆っていた。

 早奈江には、もう一つ嫌疑をかけられた事件があった。保険金殺人が疑われた現場には、早奈江と娘の小百合(菜葉菜)がいた。二つの事件を「見ていた」のは小百合と思われた。

 漆職人である一希の日常が変わったのは、事件を追う木立省吾(井浦新)が現れてからだ。彼は小百合の居所を突き止めていた。彼女には宅間隆(佐藤浩市)という男がいた。元インテリ風だが飲んだくれる毎日を送っていた。小百合も、旅館の清掃をしながら客の財布から現金を盗むなど、荒んでいた。

 省吾と一希によって追いつめられた小百合はついに、あの日に見た光景を話し始める。そして一希の、赤い雪に阻まれていた記憶の最後のシーンがよみがえる…。

 入り組んだストーリーだが、説明はほとんどない。その代わり、映像が緻密に重ねられていく。記憶や事実はすべてを語っているわけではなく断片的だ。考えてみれば、私たちを取り巻く事実や記憶はいつも一面的であり、不完全である。それをそのまま映像化した、という印象だ。不完全なピースは、見るものが想像力によって埋めていかなければならない。木立がなぜ30年前の事件を追っていたかも、そうした形で明らかにされる。

 寡黙だが、印象に残る映画である。監督・脚本は新鋭の甲斐さやか。

 

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前作と比べるのは酷だが、獄はリアル~映画「パピヨン」 [映画時評]

前作と比べるのは酷だが、獄はリアル~映画「パピヨン」

 

 安西冬衛の作で「春」という1行詩がある。

 

 てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った

 

 これだけだが、さまざまな想像を掻き立てる。戦前、父の勤務先であった大連で詩作活動に情熱を注いだが病を得て帰国かなわず、そうした境遇と望郷の念を込めた、とも言われた。間宮海峡をあえて大陸側の呼称である「韃靼海峡」としたことも、その裏付けとされる。そんな時代背景を抜きにしても、この詩には、ユーラシア大陸からはるばる樺太(サハリン)を目指す小さな蝶に託した、揺るがぬ自由を求める精神の発露があるとも受け取れる。

 

 映画「パピヨン」は、脱獄不可能とされた流刑地から脱出をもくろみ、ついに成功した男の物語である。後年、男が書いた自伝小説のタイトルがそのまま映画にかぶせられた。

 1973年に一度映画化。スティーブ・マックィーン、ダスティン・ホフマンのゴールデンコンビで、脱獄映画の金字塔といわれた。さて、そのリメイク版の出来やいかに、と興味津々で観た。

 胸の蝶の刺青から「パピヨン」と呼ばれた金庫破りのプロ、アンリ(チャーリー・ハナム、本名アンリ・シャリエール)は無実の殺人罪に問われ終身刑となり、仏領ギアナへと送られた。そこで、ひ弱な男ドガ(ラミ・マレック)と出会い、カネと引き換えにボデーガードを引き受ける。こうしてアンリとドガの脱獄計画がスタートする。1度目は失敗し2年の独房入り、2回目も失敗、5年の独房。そして「悪魔島」と呼ばれた難攻不落の獄へ送られた3度目は…。

 過酷な独房生活で身も心もボロボロになりながら不屈の精神で自由を求めた男の物語だが、その内面の演技を前作のマックィーン、ホフマンのコンビと比べるのは酷というもの。しかし、牢獄の作りとその生活ぶり、獄中で殺人を犯した男のギロチン処刑の場面などは、これでもかというほどリアル。マイケル・ノア―監督はこれまでドキュメンタリー映画で名を売ったらしく、その辺りは心得たもの、という感じだった。

 自由を求める不屈の魂、といった側面はやや食い足りないが、獄中生活のリアルさは本物だ。

 2017年、アメリカ・セルビア・モンテネグロ・マルタ合作。

 


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現代に通じる「不安と恍惚」~映画「クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代」 [映画時評]

現代に通じる「不安と恍惚」~

映画「クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代」

 

 クリムトとその弟子エゴン・シーレは1918年、ともにスペイン風邪がもとで亡くなった。当時のスペイン風邪は強力で、全世界で少なくとも4000万人が亡くなったといわれる。彼らの死から100年を記念して作られたのがドキュメンタリー「クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代」である。

 スペイン風邪がこれほど猛威を振るったのは、第一次大戦のためともいわれる。大戦が終わった1918年、時代の歯車は大きく回った。神聖ローマ帝国からオーストリア・ハンガリー帝国へと形を変えて続いたハプスブルグ帝国が終焉を迎えた。一方で、第一次大戦という人類初の世界規模の大戦を契機に、戦争の世紀が幕を開けた。

 こうした時代を生きたクリムトとエゴン・シーレは、時代の終わりを生きたのか。時代の始まりを生きたのか。

 二人とも、とても気になる画風の持ち主である。黄金に彩られた女性像は至福とは程遠い不安な表情をたたえる。裸婦像は何かにおびえ、生の歓喜とは対極にいる。それらを評して「エロスとタナトス(死)の芸術」と呼ぶ。こうした絵画群の本質と当時のウィーンの表情を、ユダヤ人としての迫害体験を持つエリック・カンデル(脳神経学者、ノーベル賞受賞者)らの証言で明らかにしていく。フロイトやマーラー、シェーンベルクも語られる中、19世紀末から20世紀初頭の女性像には、近代の女性のアイデンティティーが封じ込められている、というコメントが印象的だ。

 国家総動員体制を競う時代(=戦争の世紀)へと突入した世界は100年を経てグラウンドを一周、20世紀初頭と同じ地点に立っているのではないか。クリムトとエゴン・シーレの作品を見ると、そんな思いが立ち上ってくる。そうだとすれば、二人の天才が表現した「不安と恍惚」はそのまま「今」の時代のそれに通じているように思える。

 2018年、イタリア。

 

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いやらしくも重い共同体の存在感~映画「誰もがそれを知っている」 [映画時評]

いやらしくも重い共同体の存在感~
映画「誰もがそれを知っている」

 

 スペインの小さな村。結婚式のため移住先のアルゼンチンから帰ってきた一家に事件が起きる。

 と書けばサスペンスのようだが、映画全編の通奏低音は心理ドラマである。危機に陥ったとき、人はどう反応するか、そんな人間の根源を見つめた作品である。それもそのはず、監督は「別離」や「セールスマン」で繊細な心理描写を見せたアスガー・ファルハディ(イラン)である。

 ラウラ(ペネロペ・クルス)は妹の結婚式のため娘イレーネ(カルラ・カンプラ)と息子ディエゴを連れ、はるばる帰ってきた。祝賀ムードの中で事件は起きた。イレーネが誘拐されたのだ。ほどなく身代金30万ユーロを払えとメールが届いた。ラウラの夫アレハンドロ(リカルド・ダリン)も駆けつけるが、彼はアルゼンチンで成功したとの風評をよそに、失業の身だった。身代金など払えるはずがなかった。

 誘拐犯はなぜ、扱いやすいはずの幼いディエゴよりイレーネを狙ったのか。身代金を取る見通しはあったのか。謎は深まった。

 ラウラにはかつて恋人パコ(ハビエル・バルデム)がいた。彼はアレハンドロとラウラから土地を譲り受けブドウ園に改良、ワインの醸造で成功していた。彼ならブドウ園を売りさえすれば身代金を払うことができた。そして実は、彼こそがイレーネの父親だった―。

 誘拐は、イレーネの父親が誰かを知っている人間が企てたのだった。いったい、それは誰なのか。

 ラウラがイレーネを生むと決めた時、アレハンドロは永久に二人だけの秘密にしておこうと考えた。しかし、誰かが知っていた。それは誰か。アレハンドロはそれとなく周囲に聞いてみた。答えは、愕然とするものだった。イレーネの父親が誰か、村のみんなが知っている―。

 本音と建前が入り組み、隠しておきたい秘密が白日にさらされる。共同体のいやらしくも重い部分が、この映画では描かれる。そして、最後に犯人は明らかになる。

 最後まで見ていくとこの映画は実は、心理の奇妙な逆転劇の上でストーリーが組み立てられていることが分かる。ラウラはパコを捨てアレハンドロと新天地に向かった。それをラウラの残った家族たちはどう見ていたか。そして村人は。イレーネの出生の秘密を共有していた村人の心にひそむ、ラウラとアレハンドロを貶めたいと思う気持ちが事件を引き起こしたと、ファルハディ監督は言いたかったに違いない。冒頭、ラウラとイレーネを迎えた村人たちの奇妙にわだかまった表情がそれを物語っているように思える。

 2018年、スペイン、フランス、イタリア合作。


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現実と非現実の不可解な境目~映画「新聞記者」 [映画時評]

現実と非現実の不可解な境目~映画「新聞記者」

 

 米紙NYタイムズが日本の官房長官会見を取り上げ、「日本政府はときに独裁政権をほうふつとさせる」と批判した。東京新聞の望月望月衣塑子記者への対応ぶりを指している。その望月記者が書いた「新聞記者」を原案として映画が作られた。

 といっても、映画は望月記者を思わせる「東都新聞」女性記者の行動を軸に、前川喜平・元文科事務次官をめぐる「出会い系バー」報道、政権寄りジャーナリストによる「レイプ」事件、加計学園疑惑などをベースにしてフィクションを織り込み、著書はあくまで「原案」のレベルだ。

 東都新聞にある日、医療系大学新設計画に関する資料がファクスで送られてきた。送信先不明のこの文書が何か、社会部の吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は取材を指示される。その結果、内閣府のある計画に突き当たった。

 外務省から出向し、内閣情報調査室で仕事をしている杉原拓海(松坂桃李)は日々の仕事に疑問を感じていた。彼のかつての上司・神崎俊尚(高橋和也)が実はこの大学新設計画に関わっており、闇を抱えたまま自殺した。官僚としての良心を捨てきれない杉原と吉岡記者の真相究明が始まる―。

 実際の加計学園疑惑は、首相の「お友達」の経営する大学の学部新設が国家戦略特区の指定を受け、その過程に権力が介在した、との疑惑が生まれたが、映画ではもっと突飛な計画が浮上する。ネタバレを承知でいえば裏の目的は生物化学兵器研究、ということだが、ばれれば国際的に非難され、政権は吹っ飛ぶに決まっているそんな計画を内閣府が進めるだろうか。しかも、それが大学新設計画に明文化されていたなどとは、現実的なストーリーとはとても思えない。

 もう一つ不可解なのは、吉岡記者が見ているテレビ画面に、ある討論会に出ている望月記者が映っていることだ。テレビ画面の向こう側とこちら側に二人の「望月記者」がいる。フィクションと現実の境目を映しているとすれば、興ざめというほかない。

 それは、生物化学兵器研究というありえない筋立てを見せることで作品のフィクション性を際立たせることと、どこかでつながる。つまり、これはフィクションですよとする「言い訳」を前提にしなければ「反権力」をテーマにした展開と筋立てが困難だったという作り手の事情を浮き彫りにしているように思える。

 最近では「記者たち 衝撃と畏怖の真実」や「バイス」「バグダッドスキャンダル」「フロントランナー」(以上、米国)や「1987、ある闘いの真実」「タクシー運転手 約束は海を越えて」(以上、韓国)に比べ遅れをとっていた感のある日本製ポリティカルドラマに久々に出てきた熱い作品(「シンゴジラ」以来だ)だと思うが、いくつかの前掲作品に比べ、ややそのあたりの弱さ(フィクションとノンフィクションの中途半端で不可解な境目)が気になる。2019年、日本。

 


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「政治と芸術」の問題を内に秘めて~映画「ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画の行方」 [映画時評]

 「政治と芸術」の問題を内に秘めて~

映画「ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画の行方」

  

 ナチス・ドイツがヨーロッパで集めた絵画は60万点に及び、今も10万点が行方不明という。ヒトラーはなぜこれほど芸術に執着したのか。彼は1937年、集めた絵画を使いミュンヘンで二つの絵画展を開催した。一つは頽廃芸術展、もう一つは大ドイツ芸術展。「退廃芸術」とは、もちろんヒトラーの物差しに合わない作品で、ピカソやゴッホ、シャガールが壁にわざと斜めに置かれたり、「無能なペテン師」など批評ともつかない悪罵が貼り付けられたりした。大ドイツ芸術展にはアーリア人による古典的な農村風景、筋骨隆々とした男性像、母性本能にあふれる女性像などが飾られた―。

 ヒトラーは故郷のリンツに「総統美術館」を建てる計画でいたらしい。自らの眼鏡に合う作品のみを置き、「頽廃芸術」は葬り去るつもりだった。ヨーロッパ全土を支配すると同時に、あらゆる芸術作品と芸術家の魂を支配しようとしたのではないか。「恐怖」によって民衆を支配しようとしたヒトラーは、芸術を貶めることで芸術作品そのものを武器にしようとした、といえる。
 ナチス・ドイツに名画が渡った経緯をみると、ユダヤ人画商が出国ビザを入手するため、というのが多く出てくる。さらに、肉親のアウシュビッツ体験も背後にあったりする。
 そうしたヒトラーと、彼の右腕であったゲーリング(二人は、芸術狩りに関してはライバル関係であったらしい)の悪行を、関係者の証言によって浮き彫りにしたドキュメンタリーである。水先案内人はイタリアの名優トニ・セルヴィッロ、監督はイタリアのドキュメンタリーの新鋭クラウディオ・ポリ。
 ところで、この映画のタイトルになぜピカソが登場するのか。ヒトラーの標的であったから、というだけではない。映画の締めくくり近くで一つのエピソードが紹介されている。それはこうだ。

 ――あるドイツ兵がピカソのアトリエを訪れ「ゲルニカ」を見て聞いた。「これはあなたの『仕事』か」。ピカソはこう答えたという。「いや、これはあなた方の『仕事』だ」

 この短いやり取りには、「芸術とは何か」についての深い問いが込められている。
 ヒトラーがもくろんだのは、芸術を戦争の手段、政治の手段に貶めることだった。しかし、こうした野心を持ったのは、歴史上ヒトラーだけではなかった。芸術は政治の奴隷であり社会主義の闘いの手段でありと見たスターリンも、同じ道を歩んだといえる。その意味では、この「政治と芸術」の問題は、なお今日的な課題でもある。
 2018年、イタリア、フランス、ドイツ合作。

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帝国の落日と混沌~映画「サンセット」 [映画時評]

帝国の落日と混沌~映画「サンセット」

 

 ブダペストを訪れたことがある。ドナウ河畔にたたずむ国会議事堂は今なお荘厳を保ち、三つの美しい橋は街の首飾りのようだった。夜間、ライトアップされた中を船で巡った。しかし、私にはこれらが魂の抜けた廃墟群、もしくは墓場のように見え、憂鬱な気分がしたのを覚えている。

 このブダペストの街が活気に満ちたことがある。第一次大戦直前、オーストリア=ハンガリー帝国の中心としてウイーンと並び立った時代である。映画「サンセット」はこの時代、1913年のブダペストを舞台にした。

 ある高級帽子店を一人の女性が訪れ、雇ってくれるよう頼む。実は彼女、レイター・イリア(ユリ・ヤカブ)の両親が創業した店だった。イリアが2歳のころ、火災によって死去した。身寄りのないイリアはイタリア・トリエステに養子として出されていた。あの火災の真相を知りたくて、この店を訪れたのだった。店主のブリル・オスカル(ブラド・イヴァノフ)はイリアがレイター家の娘だと知ると、なぜか冷たくあしらった。

 街の古宿に泊まったイリアは、ある男の来訪を受ける。そして、イリアには兄カルマンがいること、その兄が伯爵夫人を殺害し、帽子店を焼き払おうとしていること、などを知らされる。イリアは謎を解くため、兄の行方を追う。

 すると、ブダペストの街を不穏な空気にさせるあるグループの存在に突き当たった。オーストリア=ハンガリー帝国の在り方、貴族社会の在り方に不満を持つグループのようだった…。

 普通の作品だと謎が提示され、解答=終着点が見出される。しかしこの「サンセット」では、謎は謎のまま観るものの前に宙づりになる。考えてみれば、あらゆる作品で解答が最後に提示される必要はないのだ。要は何を描きたかったか、なのだから。

ここで描きたかったものは神聖ローマ帝国を引き継いだオーストリア=ハンガリー帝国の終わり(サンセット)であり、第一次大戦による終幕を前にしたブダペストの混沌とラビリンス(迷宮)ではなかったか。その意味では、イリア自身が混沌に取り込まれ、カルマンの魂を引き継ぎ、なり替わったかに見えるラストシーンが印象的だ。帝国の落日を描いただけに、映像はとても美しい。

 監督は「サウルの息子」のメネシュ・ラースロー。イリアを演じたユリ・ヤカブはどこかで見た、と思ったら「サウルの息子」で爆弾を運ぶ女性だった。2018年、ハンガリー、フランス合作。


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冷戦下、若者の「理由ある反抗」~映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」 [映画時評]

冷戦下、若者の「理由ある反抗」~

映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」

 

 ベルリンの壁ができる5年前、1956年の東ドイツで起きた事件を題材にした。

 1956年がミソである。ハンガリー動乱の年。その3年前にスターリンが死去した。鉄の規律が緩み始め、民主化運動の狼煙が東ヨーロッパに上がった。ソ連軍によって鎮圧され、民衆数千人の命が奪われたとされる。1960年代半ばに発表された高橋和巳著「憂鬱なる党派」でも「ハンガリー動乱」や「スターリンの死」が、暗鬱な時代の象徴として登場する。

 しかし、亡くなった民衆は犬死ではなかった。1989年にベルリンの壁が崩壊した時、東ドイツ→ハンガリー→オーストリアという西側への有力な脱出ルートを形成する礎となった。

 映画に戻る。スターリンシュタットのある高校、進学コースにいる生徒たちが主人公。大学を出て党のエリートとして育てられることが約束されていた。その一人テオはある日、祖父の墓参と称して親友のクルトと西ドイツを訪れた。帰途、映画館に入った二人は、ニュース映画に衝撃を受ける。ハンガリーで民主化を求め民衆が蜂起、多くの命が奪われたというのだ。

 東ドイツに戻った二人はこのニュースの詳細を知ろうと、クラスメートのおじさんエドガーのもとを訪れる。そこで、西ドイツのラジオ放送RIASを聞くことができた。ソ連軍によって数百人の命が奪われたこと、有名なサッカー選手が亡くなったことなどが報道されていた。

 教室に戻ったクルトは級友に、ハンガリーの民衆のために2分間黙とうすることを提案する。「反革命だから許されない」という反対意見がある中、20人中12人の賛成で受け入れられた。直後の授業で黙とうは決行され、驚いた教師は校長に対処を求める。校長は不問に付す考えだったが、ほかの教師の密告によって郡学務局の知るところとなり、ついには国民教育相までが乗り出した。

 黙とうはハンガリーのためではなくサッカー選手のため、とクルトらは口裏合わせを図ったが、執拗な調べの中で事実が明らかになり、首謀者を出さねばクラスそのものを閉鎖すると最後通告を受ける。東ドイツでエリートとしての人生を歩むか、労働者として一生暮らすかの二者択一の問いであった。そこで、クルトらがとった行動は…。

 描かれたのは、自由な発想と意見が受け入れられない牢獄のような社会である。そして、印象的なのは、主人公である若者たちを取り巻く大人たちの背後にある「過去」である。テオの祖父がナチの武装親衛隊であったこと、テオの父親もかつて暴動に参加し、再起の機会を与えられていたこと、級友の一人の父が赤軍の英雄とされていたが、実は裏切者であったこと、市議会議長であるクルトの父が、実は密告者であったこと…などである。そうした過去が大人たちを縛り、血の通わない社会を作り上げてきたことを、クルトやテオは知る。ちょうどハンガリー動乱の前年、1955年には米国でジェームス・ディーンの「理由なき反抗」が封切られたが、さしずめこの「僕たちは―」で描かれたのは「理由ある反抗」というべきものだろう。

 なお、邦題はいかにも第三者が後付けでつけた印象がある。もし当時の時代に寄り添うのであれば、ドイツの原題「沈黙の教室」もしくは英語のタイトル「沈黙の革命」がふさわしく思える。

 2018年、ドイツ。

 


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